No.85 : Rare


 帰宅した三人は家のドアを開けた途端、そわそわと周囲を見回した。すると奥から、エプロンを身につけながらミトがやってくる。
「さっき荷物が届いたから部屋に置いておいたわよ」
「やりぃ。早く部屋いこーぜ!」
ミトの言葉を聞いた瞬間、いてもたってもいられなくなったキルアは階段へと向かう。しかしその足を止めさせるのもまたミトの一言であった。
「こら、その前に手洗いうがい、十秒以内!」
「えー!」
おなじみのカウントダウンが始まり、観念したキルアは洗面所へと向かう。ゴンともこっそりと笑いをこらえながらその後に続いた。

 部屋の中央に鎮座していた段ボールを取り囲むようにして、三人は床へ腰かけた。代表したキルアがビリビリとテープを剥がすと、中から大小さまざまな小箱が現れる。その中で最も大きな一つを開けてみると、パソコンの画面で見た薄いグレーのボディが姿を現した。
「おぉー、懐かしー!」
キルアはこの機種に思い入れがあるようで、興奮気味に機体を掲げる。そのとき、ふと視線を外したはいくつかのプラスチックケースの存在に気づいた。
「あれ、これは?」
ゲームの経験がないの目にも、今までの流れから考えればこれがゲームソフトであることは明らかだった。問題は、なぜこれがこの場にあるのかである。
「せっかくだから注文してみた。お前らゲームしたことないんだろ?」
キルアはそう言って立ち上がった。そして、しばらくこの島で暮らす間、息抜きにどうかという考えなのだと続ける。
「いつの間に……」
購入に際して、自分たちも脇からその様子を見守っていたはずだ。キルアの見事な早業に、二人は空いた口がふさがらなかった。

 さっそくテレビにコードを繋げながら、キルアがちらりと視線をよこした。
「そういや、そいつ、お前そっくりだぜ」
はあらためて手元のパッケージを眺めてみたものの、自分との共通点は見当たらなかった。奇抜な蛍光色をした球体のからだに、意思も感情も読めない平坦な目、顔の半分を占める幅広の口。そもそも似ている点を挙げる以前に、人間ですらない。
「……どこが?」
他のソフトを指しているのかと思い直したは、手中のそれを置きかけたところで我が耳を疑った。
「何でも食っちまうとこ」
「なんでも……」
まるで怪物のような形容には一瞬面食らう。 しかし横で聞いていたゴンはというとハッと肩を揺らし、妙に納得した顔でを見た。
「たしかに、生き物なら人以外は大抵いけるって前に言ってたよね!」
「ほらな」
初耳の情報ではあったが、元々抱いていた印象通りの内容にキルアはしたり顔だ。自身もその言葉にはしっかりと覚えがあり、これ以上何も言うことはできなかった。

▼ ▼ ▼

 全ての準備が整い、キルアが本体の電源を入れようとしたところで慌ててゴンが口を開いた。
「あれ、それだけでいいの?」
少々言葉が足りないものの、キルアにはゴンの言わんとすることが瞬時にわかった。
「今はこのロムカードに何のデータが入ってるのかわかんないからさ」
そう言ってキルアは開閉スイッチを押した。薄い蓋が斜めに跳ね上がり、内部のディスクトレイがあらわになる。
「ここを空にしてロムカードだけ挿すと、中が見られるんだ」
二人の素直な「へー」を背に、本体の蓋を閉めると、あらためてキルアは電源へと手を伸ばした。

 ゲームハードのロゴが表示されたかと思うと、次に現れたのは、テレビ画面いっぱいに敷き詰められたクエスチョンマークであった。ゲームタイトル毎に固有のイラストが割り振られているのだとキルアは言う。
「どうやら入ってるゲームは一つだけみたいだ」
キルアが最初の一つにカーソルを合わせると、全てのマークが一斉に点滅を始めた。それと同時に、画面端に"グリードアイランド"との名称が表示される。
「聞いたことない名前だな……それにしても、すげぇデータ量」
通常は複数のゲームで使い回してようやく満杯になるものだが、グリードアイランドは一つのセーブデータでメモリブロックの全てを占有していた。これほどの大容量を必要とするゲームは今までに見たことがないとキルアは呟く。さっそくただならぬ雰囲気を感じとったはゴクリと喉を鳴らした。
「無駄だと思うけど念のためコピーしておくぜ」
そう言ってキルアは空のロムカードを空きスロットに差し込んだ。

 コピーの途中経過を気にした風もなく、コントローラーを置いたキルアはデスクへと向かった。ゴンともその姿を目で追う。
「なにすんの?」
てきぱきとパソコンを立ち上げ始めたキルアにゴンが声を掛けた。
「ネット。ゲーム名もわかったし、売ってる店を検索する」
そう言ってマウスを動かすキルアの背後で、小気味良い電子音が鳴る。データのコピーが無事に完了したのだ。
「うぇ、一件もないのかよ」
手を止めたキルアが苦々しげに呟いた。新品のみならず、中古市場にも手を出してみたものの、該当件数はあいもかわらずゼロであった。
「中古すらないとなると、市場に出回ってない可能性もあるな」
思案顔のキルアに対し、その界隈に疎いゴンとは揃って首をかしげた。
「どういうこと?」
「つまり個人が作ったゲームでさ、売り物じゃないか、何らかの理由で販売中止になったとか……」
そう言いながら、キルアはオンラインショップからゲーム名鑑へと捜索範囲を広げた。直接購入はできないが、少なくとも、ゲームタイトルしかわからない現状よりは事態が進展するはずである。

「……あった!」
突然身を乗り出したキルアの視線を二人も辿る。個人制作の線が濃厚かと思われたグリードアイランドだが、実際には正規のルートで販売されたゲームであった。
「ハンター専用ハンティングゲーム……?」
数多のゲームをプレイしてきたキルアだが、こんな括りをされた作品を見るのは初めてだった。聞いたことのないジャンルに戸惑いつつも画面をスクロールしていくと、さらなる衝撃が三人を襲った。
「希望小売価格、ごおくはっせんまん……」
ゴンの読み上げは、覚えたての言葉を発するかのように不安定だった。そして試しの門での発言からもわかる通り、数字には弱い彼のこと。
「五十八億、だ!」
キルアに一瞬で訂正され、ゴンは潰れたカエルのような声を出した。

キルア頼み。