No.86 : Destination


 五十八億ジェニー。ゼロの羅列もここまでくるといっそ爽快である。人生で初めて見る金額には瞬きが止まらない。
「しっかし、なんちゅーデタラメな金額なんだ」
キルアがぼやきながらページスクロールを再開した途端、目に入った情報が三人にとどめを刺した。
「販売個数百個……これって少ないよね?」
ゴンの問いかけにキルアが頷く。
「あぁ。ぜってーナメてる」
一般市場に出たゲームでこの本数は異常だ。しかしそれだけに、今までただの点だった情報がみるみる線で結ばれていく。
「……こりゃ完全な売り切れだな」
いくら高額と言ってもハンターならば十分に手の届く値段である。加えて、出荷本数がこれだけ少ないとあれば、全て売れてしまうのも無理はない。

 そう納得しかけていたキルアだったが、ゴンはというと腕組みをしたまま小さく唸っている。しばらくして、硬く結ばれていた両の腕がふっと解けた。
「製造元に在庫はないのかなぁ?」
ゴンがポツリと漏らしたつぶやきに、キルアは薄く口を開けた。たしかに、売れ残りという線がないとも限らない。
「一応問い合わせてみるか」
そう言うと、キルアは鞄から携帯電話を取り出した。

 販売元に問い合わせてみたものの在庫はなく、再生産も予定されていないということであった。他に道があるとすれば、持ち主を探して直接譲り受ける方法くらいだ。
「とりあえず告知だけしとくか」
キルアは再びデスクに着き、パソコンへ向かった。ネットの逆オークションで募集をかければ、持ち主の目にとまる可能性がある。

 キルアが書き込みを投稿した直後のことだった。
「うお、なんだこれ」
顔をひきつらせるキルアの視線の先で、たった今書き込んだばかりの告知に対する返信数が凄まじい速度で増加している。横から覗き込んだは、まるでストップウォッチのミリ秒を見ているような感覚に陥った。
「すごい反応だね」
ゴンは目をシパシパさせつつも、ほんの少し嬉しそうだ。しかしキルアはというと、苦々しげに画面を睨みつける。
「……こいつら、偽物を売りつけようとしてやがる」
この謎に包まれたゲームの真贋を見分けられる者はまず居ない。彼らからしてみれば、相手をうまく話に乗せるだけで大金が手に入るのだから試さない手はないだろう。

 留まることを知らない返信数はあっという間に万を超えた。もはや手練れたちの格好の獲物である。そのあまりの盛況ぶりに、ゴンたちは書き込みの行く末を見届けることすら諦めた。
「もっとディープなところに潜り込めば情報も豊富になるけど……オレもそんな詳しくないしなー」
言いながら、キルアはパソコンの電源を落とし始めた。
「誰かネットやゲームに強い人いないの?」
ふと、ゴンが至極単純な疑問を口にした。はざっと身の回りの人間関係を振り返ってみるものの、思い当たる人物はいない。

 一方キルアは、しばらく考えたのち、弾かれたように顔を上げた。
「いた。両方詳しいやつ」
しかしそのわりに彼の表情はどこか浮かない。
 キルアはぶつぶつと愚痴をこぼしながら携帯電話に手を伸ばした。椅子の背もたれを抱きかかえるように脱力しているところを見ると、相手はそうとう気負いのいらない人物らしい。
「あ、ゴトー? オレキルア。ブタくん呼び出して」
ゴンとの頭の中に、言葉どおり豚の顔が浮かび上がった。しかしその後のやりとりで「兄貴」という単語が飛び出したところから、二人の脳内イメージはイルミの顔で修正される。
「でもゲームに詳しい感じしないよね」
顎に手を当てながらが言った。
「うん。それに豚っぽくもないしね」
「だよね……」
電話の相手に強気で駆け引きを持ちかけるキルアを眺めながら、ゴンとは二人で仲良く首をかしげた。

 電話を切ったキルアは、わずかに眉尻を下げて二人に向き直った。
「わりぃ。話の流れでデータのコピーと交換ってことにしちまった」
もともとそのためにコピーしておいたようなものである。ゴンがすんなり頷くと、キルアは肩の力を抜き、口角を上げた。
「そんかし、二つの有力情報を得たぜ」
さっそくの収穫に二人は大きく目を見開いた。

 一つ目の情報はハンター専用サイトの存在だった。これについては先ほど、ロムカードのコピーと引き換えにアドレスを教えてもらう約束を取り付けたらしい。
 そして二つ目は、今年ヨークシンにて開催されるオークションで、とある人物が何十本ものゲームを出品するという噂だ。思わぬ偶然に、は口を閉じることも忘れて瞬きを繰り返した。
 元はヒソカに会うために約束した地。天空闘技場でリベンジを果たしてしまった今となっては、仲間と再会するという一点のみが、そこへ向かう動機であった。しかしここにきて、この行動の重要性が大きく跳ね上がる。
「いずれにしろ、オレたちはヨークシンに行く運命だったんだ」
ゴンの言葉を噛みしめるように、キルアとは静かに頷いたのだった。

いざ、ヨークシンへ。