No.78 : Satisfaction


 空腹を訴えるゴンに対し、ミトは先に風呂を済ませるよう告げる。が自分の身体を見下ろすと、なるほどあちこち砂まみれで、このまま食卓に着けるような状態ではなかった。

 じゃんけんの結果、まずはゴンとキルアが浴室へと向かった。手持ち無沙汰になってしまったは、忙しなく動き回っているミトを手伝おうとシンクへ近づく。しかしすぐに自分の今の格好を思い出してハッとした。
「あら、いいのよ。あなたはお客さんなんだから」
ミトにまでそうたしなめられ、はいよいよ棒立ちになった。そのとき、ミトがカゴから取り出した食材にのアンテナが動いた。
「あ……それ、見たことないです。もしかして野草ですか?」
つい先ほどまでそわそわと落ち着かない様子だった少女が、興味津々な顔で自分を見ている。おもしろいくらいの変貌ぶりにミトの頬が緩んだ。
「ええ。なかなか採れない種類なんだけど、今朝ちょうどね」
おひたしにしても美味しいけど、天ぷらの方がみんなは喜ぶかしら。上機嫌にそう言いながら、ミトは小ぶりの鍋を取り出した。

 は彼女の一挙手一投足を夢中になって眺めていた。ありふれた一般的な料理に紛れて、見たことのない食材、この島特有の調理法が時折顔を見せる。
「ふふ。やっぱり料理が好きなのね」
「……やっぱり?」
突然笑い出したミトの言葉には首をかしげた。
「ゴンの手紙に書いてあったの」
そこでようやく腑に落ちる。天空闘技場で過ごしている間、ゴンは手紙を書くと言ってときおり部屋にこもっていた。思えば、自己紹介前からたちの名前を把握していたのもその手紙があったからこそだ。
の料理、いつか私にも食べさせてね」
ミトの顔を見るに、話合わせの社交辞令などではなさそうだった。は胸にじんわりと広がる高揚感を感じながら、しっかりと頷いた。

 包丁とまな板の触れ合う心地いいリズムに耳を傾けていると、遠くで脱衣所のドアが開く音がした。続いて、ペタペタという足音が近づいてくる。
「お先に失礼しました」
そう言ってダイニングに現れたゴンを見るなり、は口元を綻ばせた。いつものツンツンヘアが嘘のように、濡れた黒髪が柔らかく垂れ下がっている。風呂上がり直後の彼に遭遇するのはゾルディック家での修行以来だった。
「前にも思ったけど、髪をおろしてるゴンって可愛いよね」
が思ったままを口にすると、ゴンはくすぐったそうに目を細めた。
「えへへ、ありがとう」
そんなやりとりを間近で見ていたキルアは、げんなりした顔で後ずさった。
「おまえ……可愛いとか言われて嬉しいのかよ」
「うん。だって褒め言葉でしょ?」
口角を思いきり引きつらせているキルアとは対照的に、ゴンはにこにこと満足そうだ。強がりでも気遣いでもなく、心の底から喜んでいる。この構図にどこか見覚えを感じながら、キルアはタオルでガシガシと髪を乾かし始めた。
「キルアのも見てみたいなー」
そう言いながらがひょっこりと顔をのぞかせる。
「はぁ? ……ぜってーやだ」
確証はないが、もし万が一可愛いなどと形容されてはたまらない。キルアはタオルを頭に乗せたまま、逃げるように奥の部屋へと駆け込んだ。

 はゴンたちと入れ替わりで浴室へと向かった。ミトが既に完成させている品数から見るに、そろそろ料理が揃いそうな雰囲気を感じ取ったは、急いで入浴を済ませる。着替えに袖を通すと、借り物のミトの服はの身体には少し大きかった。
 濡れた髪もそのままにダイニングへ向かうと、配膳の段階に取り掛かっていたミトが振り向いた。彼女の視線がの姿を捉えた途端、愛おしそうに目尻が下がる。
「あら。少し大きいけど似合うわね」
「ほんとだ。……ワンピース姿、初めて見た」
ミトの手伝いをしていたゴンも一緒になって微笑んだ。

 ここ数ヶ月、試験に修行にと過酷な日々を過ごしてきたには、スカートを身につける機会などなかった。足元の久しぶりの感覚に戸惑いながら、は照れくさそうにはにかむ。何気なくキルアへ視線を向けると、彼は一瞬目を見開いた後、ふいと視線を逸らした。
「もうすぐできるから髪の毛乾かしてきちゃいなさい」
「……あ、はい!」
キルアの態度を疑問に思っただったが、ミトの言葉を皮切りに、一瞬にして頭の中は料理一色となった。

 皆で手を合わせて食前の挨拶を交わした途端、ダイニングでは三人による料理争奪戦が開始された。ミトは驚くどころか、ただただ嬉しそうにその様子を見守っている。テーブルいっぱいに広げられていた料理たちは、ゴンとキルアによって二分割されたミートボールを最後に全て食べ尽くされてしまった。あっという間の出来事である。
「ごちそうさまでした!」
三人の元気のいい声が揃った。

満腹。