No.72 : Distinction


 キルアの余裕の勝利から数日後、再びリールベルトとの対戦が幕を開けた。今回挑むのはゴンである。電気鞭の存在に縮み上がっていただったが、試合開始直後にその不安はあっさりと吹き飛んだ。
 は目の前の展開にただただ引き込まれていた。真っ先に鞭で守りを固めてしまったリールベルト目がけて、ゴンはリングの石板を引き剥がし、投げつけたのだ。さすがの鞭さばきでもこの質量を防ぐことはできない。リールベルトは車椅子を急発進させることで難を逃れた。
 しかしこれこそがゴンの狙いである。逃げ道を限定することで相手の動きを先読みし、体のバランスが崩れた隙をついて彼の両手を捉えたのだ。ゴンが掌に力を込めると、彼は呻き声を上げながらあっさりと鞭を取り落とした。

 あとはもう簡単である。ゴンは落ちた鞭を奪い取り、先端をリールベルトの首に巻きつけると、持ち手のスイッチを調整し始めた。
「えーと、出力を最大にして……」
リールベルトの体がすくみ上る。
「スイッチ、オン!」
鞭の炸裂音にも引けを取らない大音量でゴンが叫んだ。リールベルトはぶるりと肩を震わせた直後、操り人形の糸が切れたかのように頭を垂れた。しかし、どう見ても青白い閃光が弾けた様子はない。
「なんちって」
ゴンは茶目っ気たっぷりに小さく舌を出した。

 桁外れの戦闘力と才能で敵を圧倒するキルアに対し、ゴンの試合内容には創意工夫が溢れている。自分もやり方次第であるいは、という感情が呼び起こされる。はキルアと共にゴンの元へ向かいながら、午後に控えた自分の試合がいつもよりほんの少し楽しみになっていた。

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 翌日、ウイングの部屋を訪れた三人は、念の修行がいよいよ基礎の最終段階に入ったことを告げられた。これから習得する"発"と呼ばれる技術はいわば念能力の集大成。今までの画一的な技とは異なり、使用者の個性によって六つのタイプに大別されるのだという。
 ウイングは慣れた手つきでボードに六角形を描いた。そしてそれぞれの角に、強化系、変化系、具現化系、特質系、操作系、放出系という名称が書き足されていく。
「これが属性の相性を表す表、六性図です」
出来上がった図を指し示し、ウイングは皆の顔を見回した。そして、自身が生まれ持った系統に近いものほど会得の相性が良いのだと続ける。

 これまで見てきた者の中で、最も理想的な能力選択をしているのはヒソカだ。彼の能力はオーラをゴム状に変える変化系であり、自身の資質と合致している。対してカストロは天性の資質が強化系であるにも関わらず、具現化系と操作系の複合能力である分身(ダブル)を選んでしまった。結果、彼は才能のほぼ全てをその能力に費やすことになったのだ。
 ウイングの話を聞きながら、の脳内に"容量の無駄遣い"というヒソカの言葉が蘇った。
「要するに選択ミスってことだろ?」
キルアはしれっとそう言って、頭の後ろで両手を組んだ。
「でもさ、自分がどの系統か調べる方法なんてあんの?」
その言葉を皮切りに、四人の視線がウイングへ注がれる。
「……あります」
ウイングはそう言って、テーブルの上にあったグラスを皆の前に掲げた。

 グラスになみなみと注がれた水の上へ、一枚の葉っぱが浮かべられた。ここに両手を近づけて練を行うことで、その者の資質がわかるのだとウイングは言った。
「心源流に伝わる選別法で、水見式と言います」
そう続けた直後、彼の両手の中心でグラスの水が勢い良く溢れ出す。まるで沸騰した湯が鍋から吹きこぼれているかのようだった。
「水の量が変わるのは強化系の証。私のオーラが強化系の性質に属していることを示しています」
ウイングは慌てた様子もなくそう言って、両手をゆっくりとグラスから離した。こんこんと湧き出ていた水がピタリと止む。
「さぁ、四人とも試してみなさい」
彼のその言葉を皮切りに、四人の間で急遽じゃんけん大会が開催されることとなった。

 じゃんけんの結果、見事一番を獲得したのはゴンだった。全開の好奇心とほんの少しの緊張を滲ませた瞳がキラキラと輝いている。ゴンが恐る恐る両手をグラスへ近づけると、少ししてから、いくつもの透明な雫がグラスの輪郭を滑り始めた。ウイングの時よりだいぶ穏やかではあるが、水の量は確かに増え続けている。
「ゴンくんも強化系ですね」
ウイングはそう言ってにっこりと笑った。

 二番手はズシである。テーブルの上のグラスを前に大きく深呼吸をすると、彼は意を決して両手を伸ばした。しばらくの静寂ののち、水に浮かんだ葉がほんの少しではあるが左右に揺れた。
「葉が動くのは操作系の証です」
ズシは師匠の言葉にほっと胸をなでおろした。

 いよいよの番がやってきた。上手くできるだろうかという不安が胸中を蝕み始め、前に歩み出たの動きはガチガチであった。しかしそんな心配も無駄に終わり、が両手をかざした直後、グラスの中の水はほんのりと赤みを帯びた。
「水の色が変わるのは放出系ですね」
ウイングが肩に優しく手を置くと、は強張っていた顔の筋肉をようやく緩ませた。

 最後はキルアだ。前の二人とは違い、グラスを前にした彼の顔に過度な緊張は見られない。キルアはゆったりとした動きで両手を差し出すと、静かに意識を集中し始めた。
 しかし、いくら待てどもグラスに変化は起こらなかった。雫が伝うどころか水面に波紋さえ起きることなく、グラスは元の状態を保ったまま、キルアの両手の間で時を止めていた。キルアのこめかみを一筋の汗がなぞった。
「……もしかしてオレって才能ねぇ?」
両手を下ろしたキルアが悄然とした顔でウイングを伺い見る。しかし肝心の師匠は落胆してなどいなかった。ふっと笑って首を横に振る。
「いいえ。水を舐めてみてください」
四人は言われた通り水に指を浸し、恐る恐る口に含んだ。
「……少し甘い、かな?」
キルアはそう言って首を傾げた。三人も驚いたように顔を見合わせる。ほんの些細な変化だが、明らかに水道水そのままの味ではない。
「水の味が変わるのは変化系の証です」
キルアは小さく安堵の息を吐いた。

 ウイングは弟子たちの顔を見回し、満足げに微笑んだ。
「さあこれで四人のオーラがどの系統に属するかわかりましたね」
はきゅっと口元を引き締めた。しかし、うずうずと身体の奥から楽しみが湧き出てくるのを止められない。どうにも落ち着かない彼女の姿にウイングは小さく笑みをこぼした。
「これから四週間はこの修行に専念し、今の変化がより顕著になるよう鍛錬を続けなさい」
「押忍!」
四人の威勢のいい返事が部屋の中に弾けた。

念の基礎修行も大詰めへ。