No.67 : Threat


 結局、ヒソカの能力について答えを手に入れることは叶わなかった。しかしその代わり、録画映像から自力で読み取るようにという課題を授かったゴンたちは、練の修行を行うべく、揃ってキルアの部屋へと向かった。
 エレベーターに乗り込んだ四人は、わずかに感じる違和感に表情を引き締めた。階数が上がるにつれ、じわじわと強くなっていく殺気。扉が開くと、いつかの三人組が正面で待ち構えていた。
「あんたらもしつこいなー。嫌われるよそんなんだと」
キルアが怪訝な顔で言った。
「まぁそう邪険にしないで、いつ戦うのか教えてよ」
能面男はねっとりした口調でそう言うと、ゴンとキルアに視線を這わせた。三人組とは初対面のズシに、彼らは新人狙い専門の闘士なのだとキルアが耳打ちする。
「オレら結構あせってんだよ。そろそろ〆切でさー」
こちらの返事も待たず、男は立て続けに話しかけてくる。四人が無言を決め込むと、男の左腕を中心に禍々しいオーラのうねりが忍び寄ってきた。警戒したとズシが構えを取った直後、ゴンが動いた。
「オレは六月十日に戦闘日を指定する」
「ゴン!」
キルアが呆れたように名前を呼ぶも、ゴンは提案を取り下げる気などないようだった。こうなった彼は誰にも止められない。

 さらにややこしいことに、男はこれで納得するどころか、自身の〆切である五月二十九日に合わせろなどと図々しい要求を始めた。
「てめーの都合なんか知るかバーカ!」
ついに耐えきれなくなったキルアの悪態を最後に、四人は踵を返し、その場を離れたのだった。

 キルアの部屋に到着すると、ゴンたちはさっそく練の修行を始めた。細胞の一つ一つからパワーを集め、それを一気に解放するイメージ――この中で唯一習得済みのズシが改めて手本を見せる。三人はその見事なオーラの大火に感嘆の息を漏らした。

 さすがの三人も纏のように一度での成功とはならなかった。解放したオーラが留まりきらず宙に霧散していくこともあれば、練りが甘くただの纏が発動しただけというパターンもあった。それぞれの練がようやく形になってきたのは、修行を始めてから六時間ほど経ってからのことだった。

 今度はズシが目を見開く番であった。力強さはまだまだ自身より劣るものの、明らかに練と呼ぶにふさわしい迸りを見せている。この上達速度から見るに、三人がズシを超えてしまうのはもはや時間の問題だ。そしてその時はすぐそこまで迫っている。
「今日はここまでにしましょう!」
たった半日で追い抜かれてはたまらないと、ズシは慌てて提案を持ちかけた。三人は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
「んー……でもオレらまだまだいけるよな?」
キルアの言葉通り、皆どこか物足りなさそうな顔をしている。
「か、身体を休めるのも修行のうちっす!」
ズシは三人を制止するように右手を挙げた。少し慎重すぎる気もするが、言っていることに間違いはない。彼の頑なな姿勢に感化されたゴンとの説得によって最終的にはキルアも折れ、その日の修行は早めのお開きとなったのであった。

 三人の後ろ姿を見送ったキルアは小さく息を吐くと、音もなく部屋を抜け出した。先の男らが考えそうなことは大抵わかる。キルアは気配を消したまま、闘技場の外へと急いだ。
 案の定だった。ズシが路地に差し掛かった瞬間、横から伸びてきた見えざる手によって彼の身体は奥へと引き込まれる。後を追うと、能面男と車椅子の男が今まさにズシを連れ去ろうとしているところであった。
「やめとけよ」
キルアは低い声でそう言うと、単身、三人の間に割って入った。

 ズシの身の安全と引き換えに、キルアは三人それぞれに一回ずつ勝ちを譲る約束を取り付けた。そしてそのまま男らと共に、受付での申請も済ませてしまう。
 闘技場での勝敗に無頓着なキルアからすれば、何の痛手も無い交渉ではある。しかし、虫の好かない相手に対して穏便に事を済ませるというのはどうにも気持ちが悪かった。新人を食い物にし、他人を巻き込んで脅しまでかけてくるような外道相手なのだ。問答無用で捻り潰してしまう方がどれほど楽で気も晴れるだろう。
 それでも、キルアはもうこれ以上、ゴンやへ顔向けできない行いに手を染めるのは嫌だった。彼らと共に歩んで行くには、以前と同じではいられない。キルアはこのとき初めて、自らの意志で光の道への一歩を踏み出したのだった。

 ズシをウイングの部屋へ送り届けたキルアの足取りは、無意識のうちに早くなっていった。胸の奥がなんとなく落ち着かない。普段は気にも留めないエレベーターの速度に、今日はほんの少しの焦れったさを感じた。
 ドアが開き始めた瞬間に歩き出し、早足で目的の部屋へと急ぐ。こういう時に限って人通りのない廊下がどこか不気味だった。

 ノックをすると、なんとも呑気な返事が聞こえ、キルアは脱力感のあまり膝から崩れ落ちそうになった。開いたドアから覗くの顔を見た瞬間、一気に体が軽くなる。例の三人組のうち一人の姿が見当たらない点に引っかかっていたが、どうやら考えすぎだったらしい。
「あれ、キルア。どうしたの?」
はキルアの気も知らず、きょとんとした顔で首を傾げた。キルアは小さく息を吐くと、の頭に荒っぽく右手を乗せる。
「なんでもねーよ」
ひとまず安心したものの、彼らが今後ずっと大人しくしているという保証は無い。今回は行動ルートの関係で偶然ズシが標的になったが、彼より付き合いの長いが次に狙われる可能性は十分にあった。
 しかしの部屋に深夜まで居座るわけにもいかない。 それならばせめて、とキルアは施錠に気をつけるよう何度も念押しする。は言われるがまま素直に頷いた。

 がキルアの行動について腑に落ちたのは、それからしばらくしてからのことであった。キルアを見送り、ソファで一息ついていたの耳に再びノックの音が飛び込んできた。彼が何か言い忘れたのだろうと思い込んでいたは、ドアを開けて目を丸くする。そこに立っていたのはゴンだった。
 ゴンはの姿を見て安心したように大きく息を吐くと、やんわりと微笑んだ。
「こんばんは。特に変わったことはない?」
すんなり頷きそうになっただったが、先ほどの来訪者を思い出して「あ」と小さく声を上げる。
「さっきキルアもここに来たの。……何かあった?」
ゴンは一瞬驚いたものの、すぐに表情を引き締めた。何気なく問うただけだったも、ただならぬゴンの様子に思わず背筋を正す。
「……あの三人組がズシを攫ったんだ」

 ゴンに事のあらましを聞いたは奥歯を強く噛み締めた。ズシを利用して無理やり試合を組ませようとする三人組のやり方には勿論、それを聞いて何もしてやれない己の無力さにも腹が立つのだ。
 俯くの身体の横で固く握られた拳に気付いたゴンは、その手にそっと触れた。が驚いて顔を上げると、強い光を湛えたまっすぐな瞳がのそれを射抜いた。心臓がドキリと脈打つ。
「今回は、オレたちに任せて」
ゴンもまた、三人への憤りを感じていた。普段穏やかな彼がこの顔を見せるのは、ゾルディック家の守衛室から執事宛に電話を掛けたとき以来だ。はゆっくり深呼吸を繰り返すと、彼の手を取り強く握り返した。