No.66 : Resume


 ようやく謹慎期間の晴れたゴンたちは二ヶ月ぶりにウイングの部屋を訪れていた。相変わらずの寝癖とシャツに出迎えられたは、懐かしさに思わず口元を緩ませる。ウイングと会うのはヒソカ戦の直前で待ち伏せされて以来だった。
「さて。今日からは四人一緒に修行をすることになります」
「押忍!」
間髪入れず、ズシの威勢のいい返事が響いた。ゴンたち三人も彼に倣って構えをとる。ウイングはにこやかに皆の顔を見回すと、改めてゴンの顔をじっと見つめた。
「この二ヶ月間、よく約束を守りましたね」
が見ていた限りでは、ヒソカ対カストロの試合直後を除けばそれほど危うい瞬間はなかった。やはり三人で足並みを揃えているせいだろう。そして最も大きな理由は彼の左手小指にあった。
「この糸を見てると心が落ち着いてくるんです」
ゴンはそう言うと、穏やかな顔で小指の糸を見つめた。
「そういう念を込めていましたから」
ウイングが柔らかく目を細めて言う。どおりで、毎回糸を見つめた前後でゴンの様子がガラリと変わっていたわけだ。三人がこの二ヶ月間を思い返し、深く納得していた矢先。
「……なんて。ウソですけどね」
さりげなくつけ加えられた言葉に場の空気が凍る。以前にも似たようなことがあったなと、はぼんやりと思い出した。

 キルアは頭の後ろで手を組み、ウイングをちらりと見た。
「でもさ、なんで約束を守ったかどうかわかんの?」
心外だとばかりにゴンの眉がぴくりと跳ねる。確かに先ほどのウイングの言葉には、まるでゴンの潔白を確信しているかのように揺らぎがなかった。
「誓いの糸が切れていないからですよ」
ウイングはそう言うと、久しぶりに纏をやってみるようゴンに告げた。ゴンは一瞬驚き、己の両手を見つめながら苦笑する。
「うわー、ちゃんとできるかなぁ」
覚えたそばから二ヶ月の使用禁止を食らったのだ、不安になってしまうのも無理はなかった。キルアとも同様にギクリと体を強張らせる。

 皆が見守る中、ゴンは静かに目を閉じ身体の力を抜いた。わずかな静寂の後、ゴンの全身をなだらかなオーラの膜が覆い尽くす。以前見た時よりも素早く、そして力強い発動であった。
「よかった。忘れてたらどうしようかと思った!」
そう言って安堵の息を吐くゴンを前に、も肩の力を抜いた。ウイングの話によると、泳ぎ方や自転車の乗り方と同じく、一度覚えれば忘れることはまずないらしい。
「さ、左手を見てみなさい」
言われた通り皆がゴンの左手に視線をやると、ボロボロになった誓いの糸がかろうじて小指の先に絡みついていた。風呂で強引に洗ってもびくともせず、先ほどまで新品同様だったはずのそれは、今やただの糸屑に成り果てている。
「君が約束を破ったら切れるように結んであったのです」
はウイングの顔をじっと見つめたが、小首を傾げてにっこりと微笑み返されただけであった。今度ばかりは嘘ではないようだ。

 念に秘められた力についてまた一つ詳しくなったところで、キルアは以前から気になっていた話題を切り出した。
「ねぇウイングさん。ヒソカとカストロの試合観た?」
「ええ、観ましたよ」
やはりあれだけの大物対決、さらに教え子が注目している試合ということもあり、既に観戦済みであった。キルアがさっそくヒソカの能力について尋ねると、ウイングは困ったように小さく唸りながら頬をかいた。
「言葉だけで答えるのは難しいですね。……実際に映像を観ながら説明しましょうか」
彼はそう言って、引き出しから一本のビデオテープを取り出した。

 は目を凝らし、テレビ画面をじっと見つめた。右手を失ったヒソカがトランプと布を宙に放っている――縮尺と角度が違うだけで、あの日観客席から観たものと全く変わらない光景だった。
「本当にヒソカの左腕から念の糸が出てんの?」
キルアが画面を凝視したまま、顔を顰めて言った。ウイングは穏やかに肯定すると、ズシへ前に出てくるよう促した。
 ヒソカは絶を応用した"陰"という技でオーラを限りなく見えにくくしているらしい。そしてそれを見破る術を、ズシはもう既に持っているというのだ。

 ズシが見せた"練"に三人は感嘆の息を漏らした。視覚的な差異はもちろんのこと、纏とはオーラの密度が明らかに違う。そして周囲に与える威圧感も段違いであった。
 ウイングはそのオーラを全て目に集中するよう指示を出した。これを"凝"というらしい。するとズシの全身を覆っていたオーラが少しずつ目の周りに集結していく。相当な負担なのだろう、歯をくいしばって耐えるズシの額に汗が滲み始めた。
「このヒソカの腕からオーラは出ているかい?」
オーラの移動が終わったタイミングで、ウイングはズシに問いかけた。ズシが頷くと、ウイングは満足げに口の端を上げた。
「ではそれは何本?」
ウイングの問いに、ズシのオーラがより色濃くなった。しばらく無音の間が続き、は祈るような気持ちで彼の背中を見つめた。
「十三本……だと思うっす」
言い終わるか終わらないかというところで、凝縮していたオーラが一気に弾け飛んだ。散り散りになったオーラの切れ端はそのまま消え去り、湧き出ていたオーラもすっかり止まってしまった。ズシは膝に手をついて息を整えながら、師匠の顔をうかがい見る。
「残念。だがいい線いってるよ」
ウイングはそう言って穏やかに目を細めた。