No.61 : Regret


 個人的に話がしたいと言うウイングの後に続いて、共にゴンの部屋を後にしたキルアは、周りを緑で囲まれた閑静な広場にたどり着いた。
 キルアがベンチに座ったのを見計らい、ウイングは深く息を吐いた。
「君たちの本当の目的はなんなのですか」
すると、キルアは困ったように眉根を寄せた。まるで取り調べのように真剣な彼の期待に沿えるほど、複雑な経緯は何もない。
「前にも言ったけど、ただの小遣い稼ぎと武者修行だよ。ゴンの目標はヒソカって奴との対戦。は来年のハンター試験かな」
これが全てだった。

 キルアは後ろに手をつき、間近にそびえ立つ塔をゆっくりと見上げた。表面に大小様々な起伏を残しながら、上へ行くにつれて次第に細まっていく。頂上付近はかすかに靄がかかり、薄っすらとぼやけて見えた。
「バトルオリンピアだっけ。オレはあんまり興味ないね」
言葉通り冷めた様子でキルアは言った。そして、はっきりと聞いたわけではないが恐らくも同じだろうと続ける。あくまで彼女が求めているのは純粋な力のみで、戦い自体の楽しさや名誉というものにはまるで頓着がないからだ。
「あぁ、ゴンは……うん、わからないけど」
未知の相手との戦闘を楽しむ素質をゴンは持っている。ヒソカと戦えればそれでいいと口では言うものの、強者の巣窟であるバトルオリンピアに興味を持つ可能性は充分にあった。

 ギド戦でのゴンの動き、表情が思い起こされる。一時間ものあいだ独楽を避け続けたにも関わらず、彼の顔に浮かんでいたのは、疲労の色を上回る愉悦。
「昨日の試合のやり方はスリルを楽しんでるみたいだったからな」
キルアの呟きにウイングのこめかみがピクリと動いた。
「死の危険すらあったあの状況を楽しんでいたと?」
信じられないという顔をしてウイングが言った。キルアはバツの悪さに思わず視線を外し、浮かせた足をぶらつかせる。
「オレも似たようなとこあるからわかるんだよね。……まぁオレなら時と場合と相手を選ぶけど、あいつ夢中になったら見境なさそうだし」
そこまで言ってハッとした。
「あ、でも同じ約束を二度破るような奴じゃないから」
慌ててそう補足するとキルアは小さく息を吐いた。しかしウイングは依然難しい顔をしたまま、口を固く閉ざしている。キルアには、彼がいま考えていることが手に取るようにわかった。
「もう遅いよ」
先手を打つようにキルアは言った。
「もう知っちゃったんだから。オレもあいつらも」

 彼は、自分たちに念を教えてしまったことを後悔し始めている。秩序を重んじる彼にとって、型破りなゴンの性格と念の力が合わさることは脅威なのだろう。そしてそれはキルアに対しても同様。は一見すると慎重派だが、ゴンやキルアのやり方に合わせる節があり、やはり安心とは言えない。
「境遇からいえばオレたちが念について知るのは当然の成り行きだ。それに、もし今あんたが降りてもオレらが念を追う姿勢は変わらない。責任感じることないよ」
そう言ってキルアは立ち上がると、闘技場の方へ向かってゆっくりと歩き始めた。寛容さを見せはしたものの、欲を言えばこのまま続行してほしいと内心思っている。
「……わかりました」
ため息交じりの声が背後から聞こえた。
「やめるつもりはありませんよ」
狙い通りの展開にキルアは立ち止まり、彼から見えないよう口の端を上げた。生真面目な彼が、教え子を途中で放り出すようなことはないだろうという読みは当たっていた。

 ウイングは、後でを連れて宿を訪れるよう告げた。ズシと共に修行でもどうかという誘いであったが、キルアは少し考えたのち、首を横に振る。
「いや、いいや。抜け駆けみたいで嫌だからさ」
せっかく三人同時にスタートを切った念の修行。ゴンの謹慎が解けてから共に再開することをきっとも望んでいるだろう。それにまずは彼女を200階まで押し上げなければならない。念の習得を抜きにしてもやることは山積みだ。
「二ヶ月先までオレたちのことは気にしないでいいよ」
そう言うと、キルアは再び歩き始めた。背後から声がかかる。燃える方の"点"を毎日行うようにというウイングの呼びかけに、キルアは黙って右手を挙げた。

 部屋に戻ると、ゴンとの二人は既に瞑想を始めていた。よほど集中しているのだろう、どちらも目を閉じたままピクリとも動かない。
 キルアは喉まで出かかっていた呼びかけをとっさに飲み込むと、壁側に腰を下ろし、そしてゆっくりと目を伏せた。

キルアも一緒に。