No.60 : Reflection


 右腕とう骨、尺骨、完全骨折。上腕骨亀裂。肋骨三ヶ所完全骨折、亀裂骨折が十二ヶ所。全治4ヶ月――ゴンの診療結果である。
「このどアホ」
キルアは眉間に皺を寄せ、ゴンの眼前で毒づいた。ゴンは言われるがまま、しおらしく頭を垂れる。
「ごめん」
キルアのこめかみが引き攣った。
「オレに謝ったって仕方ねーだろ!」
部屋中にキルアの怒号が響き渡る。突然の大音量にの肩が小さく震えた。
「洗礼を受けたやつの末路はお前も見ただろ! 一歩間違えばお前もああなってたかもしれねーんだぞ!」
キルアは人差し指でゴンの額を小突きながらまくし立てた。言いたかったことを全て代弁されてしまったは、少し離れたところで事の成り行きを見守っている。
「でもさ……」
ゴンは赤くなった額を摩りながら苦笑いを浮かべた。
「大丈夫かなって思ったんだよね。何度か攻撃を受けてみて、まぁ急所さえ外せば死ぬことはないかなって」
そこまで言ったところで、ゴンの顔が青ざめる。怒りに堪り兼ねたキルアが骨折箇所を足で圧迫し始めたのだ。ゴンは声にならない声を上げながら、助けを求めるかのように左手を彷徨わせた。がどうするべきか迷っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 部屋に現れたのはウイングであった。彼はドアを開けて挨拶をしたには目もくれず、ベッド脇まで早足で歩み寄ると、冷たい瞳でゴンを見下ろした。ゴンは恐る恐るウイングの顔を覗き込む。
「あの、ごめんなさ――」
肌を打つ乾いた音が響いた。ゴンは呆然と目を見開き、少し遅れて痛み始めた頬に手を当てる。しんと静まりかえった部屋の中央で、ウイングは大きく息を吸い込んだ。
「私に謝っても仕方ないでしょう!」
いつも穏やかな彼からは想像もつかない剣幕だった。
「一体何を考えているんですか。念を知らずに洗礼を受けた者たちを見ましたよね。君自身、ああなってしまってもおかしくなかったんですよ!」
そこまで一息で言い切ると、ウイングはいつのまにか怒らせていた肩の力を抜き、小さくため息をついた。
「……まったく、この程度で済んでよかった」
打って変わって柔らかな声色だった。

 キルアに続いて二度目の説教ではあるが、ウイングの想いはしっかりとゴンの胸を打った。改めて後悔の念に苛まれたゴンは、痛みに耐えるかのように顔を歪ませた。
「ウイングさん。本当にごめんなさい」
本心からの反省がこもった誠実な声だった。再度訪れた無音の間。ここで一旦決着がつくかと思われたが、八の字だったウイングの眉は突然真逆に跳ね上がった。
「いいえ、許しません!」
ムッとした顔のウイングで視界が埋まる。ゴンは驚きのあまり壁に背を張り付けた。
「キルア君。ゴン君の完治はいつ頃になりそうですか?」
ウイングは、医者の応対を担当したキルアに声だけで問うた。キルアが二ヶ月と答えた瞬間、はギョッとして慌てて自らの口を塞ぐ。幸いウイングがこちらに振り向くことはなかった。
「では今日から二ヶ月の間、念の修行、および念について調べることを禁じます!」
もしこれが守れなかった場合、教えることはもうなにも無いと続けると、ウイングは満足げに息を吐いた。

 彼の思い切った発言に一同は目を丸くした。しかし、ゴンがしでかした過ちの重さから考えれば罰則の内容は至極妥当。誰も反論する者はいなかった。
「どうですか」
ウイングの問いにゴンはゆっくりと頷く。
「わかった、ちゃんと守るよ」
するとウイングは左手を出すよう促し、大人しく従ったゴンの左手小指にくるくると何かを巻きつけた。それは一般的な縫い糸よりは太く、紐よりは細い五ミリほどの糸で、表面には隙間なく細かな紋様が刻み込まれていた。
「誓いの糸です。これをみて、常に約束を忘れぬよう……」
ゴンはウイングの説明を聞きながら目の前に左手を掲げ、物珍しそうに糸を見つめていた。

 ウイングとキルアが部屋を出て行くと、室内は途端に静かになった。状況が状況なだけに、ゴンは珍しく落ち着かない様子だ。二人から立て続けに怒られたことが尾を引いている。
 がゆっくりとベッドサイドに腰掛けると、ゴンの肩が小さく震えた。彼は小指の糸から視線を外し、恐る恐るの顔を見た。
 は黙ったままだった。叱咤は二人がしてくれた。そしてゴンは反省の色を見せ、誓いを立てた。きっと彼はその約束を守りきるだろう。自分にできることはもう、何もない。
 窓から入り込んだ風がの髪を揺らした。その心地良さにゆっくりと目を閉じる。ゴンが無事でよかった――隣に座る彼の存在を確かに感じながら、は胸の中にある今いちばん大きな感情を噛み締めた。そして次に思いを馳せるのは、これからのこと。
 先ほどからずっとの反応を伺っていたゴンは、肩の力を抜き、彼女に倣って静かに目を閉じた。二人の間に流れる時間は暖かで穏やかだった。

瞑想。