No.58 : Reckless


 受付と気味の悪い三人組を後にして、ゴンたちは本来のお楽しみである新しい個室へと向かった。廊下や床の作りからして190階クラス以下とはまるでクオリティが違うところを見るに、部屋への期待も自然と高まる。
 高級感に満ちたサテンゴールドのドアノブを回し、ゆっくり押し開ける。すると、視界に収まりきらないほどの広々とした空間が眼前に飛び込んできた。
「うわー、ひっろいねー!」
そう言って駆け出したゴンの後をも追う。洗面所と風呂場だけで既に、今まで宿泊していた部屋と同等の広さを有している。そのうえ置いてある家具や調度品の質も一級で、は無意識のうちにゾルディック家での衝撃を思い出していた。
「おっきいベッド!」
しっかりしたスプリングで盛大にバウンドしているゴンの横には、周囲を一望できる大きな出窓が設けられていた。
「うわぁーキレイ!」
は思わず駆け寄り、窓に手をついた。夜景自体は今までにも何度か見たことはあるが、部屋から毎日眺められるというのはやはりどこか憧れがある。が眼下の景色に見入っていると、背後で電子音が鳴り響いた。
「試合日決定、三月十一日。明日だとさ」
テレビに映し出された知らせをキルアが読み上げる。おそらく先ほどの三人組が挑発に乗ってきたのだろう。がふとゴンに視線をやると、彼は身体中からほとばしるオーラもそのままに、熱の篭った目で己の拳を見つめていた。
「……きっと明日は勝てない。でも試してみたいんだ」
存在すら知らなかった力が、今は自分の手の内にある。いつもはゴンの挑戦をただただ羨望の眼差しで見ているだけのにも、今回ばかりは彼の気持ちがなんとなくわかる気がした。

 ゴンの対戦相手はギドという義足の独楽使いであった。予想していた通り、受付でこちらを監視していた三人組のうちの一人だ。
 ゴンは目を閉じてオーラを完全に絶ち、ギドが放った無数の独楽を感覚のみで一時間ものあいだ避け続けるという芸当を見せた。しかし最後はリング端に追いやられ、強烈な一撃をくらってノックアウト。その際右腕でガードはしていたものの、オーラを纏わない状態で念による攻撃を受けた彼の身体はひとたまりもなかった。

 の悲痛な叫びが周囲の喧騒に飲まれる。担架に乗せられて運ばれていくゴンを見つめながら、は痛々しげに眉根を寄せた。基礎を覚えきるまで二ヶ月間は試合を控えろとウイングから釘を刺されていたにも関わらず、ゴンを止めなかった後悔が胸に押し寄せる。
「大丈夫。あいつギリギリのとこでガードしてたから」
キルアはそう言っての頭をポンポンと撫でた。
「それに何言ったって止まらなかったと思うぜ」
の考えは筒抜けであった。確かに今回の無茶はゴン個人の問題。試しの門の時とは状況が違う。ただ真正面からぶつかるだけで、頑固な彼が思い留まっていたとは思えない。
「それよりお前もうすぐ試合だろ。行かなくていいのか?」
「あ!」
キルアの言葉にはハッとする。ゴンの試合が予定より長引いたため、程々に余裕を持たせていたはずのの試合時間はすぐそこまで迫っていた。
「ありがとう。行ってくるね」
鞄をひっ掴み、駆け出したの背中に声がかかる。
「ゴンの部屋で待ってるからな!」
は振り向かず右手を上げて応えた。

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 キルアが医者から受けた説明によると、右腕を中心に凄まじい数の骨が折れていたらしい。はその様子を脳内でまざまざと想像してしまい、しばらくのあいだ手足に力が入らなかった。

 はベッドの縁に腰掛けると、眠っているゴンの姿をじっと見つめた。怪我の程度は違うものの、最終試験後の光景と重なる。
「ほんっと無茶するよなー。いくらなんでもあれはやりすぎ」
キルアはそう言って大きく息を吐いた。観客席では強気な態度を見せていたが、やはり内心では心配だったようだ。
「そういや、そっちの試合はどうだった?」
キルアの何気ない話題転換に、 の肩が大袈裟なほど震えた。しばらく無音の時間が流れ、口をへの字型にしたが俯きがちにふりむく。
「……負けました」
即答ではないものの、潔い告白であった。
「おいおい、お前まで引きずられんなよ……」
キルアは呆れたように手で顔を覆った。今日彼女が挑んだのは140階。以前から苦戦していたクラスではあるが、なんだか嫌な流れだ。
「よし。美味いもんでも食いに行くか!」
キルアはそう言って立ち上がり、椅子に掛けていた鞄を拾い上げた。しかし肝心のはというと、バツが悪そうにゴンの顔をチラチラと気にしている。
「ゴンはしばらく目を覚まさないだろうってさ」
先読みして医者の言葉を伝えると、ようやくふっ切れたがのろのろとした動きで横へ並んだ。

不調。