No.51 : Interest


 二人で居るあいだも、通りすがりに視線を送られる回数が減ることはなかった。しかし、ゴンとの会話に夢中な今のにはもはや関係の無い話だ。
「それにしてもキルアとズシ遅いね」
壁に背を預けながらが言った。すると「あ!」とゴンが突然思い出したように小さく声を上げる。
「……キルアの対戦相手、ズシなんだ」
最初に名を呼ばれて控え室を出たには知り得ない情報だった。ごめん、言い忘れてた、とゴンが頭を下げる。
 思ってもいなかった組み合わせには目を見開いた。それはつまり、ここに来るのはどちらか一人ということだ。

 ズシには悪いが、はキルアが来ることをほとんど確信してしまっていた。一階の試合にて、地道にポイントを稼いで勝利したズシと、軽く一撃で相手をノックアウトしたキルア。単純に考えて後者を強いと見るのが妥当だろう。
 しかしそれ故に、あのキルアがここまで時間を食うなどただ事ではない。
「どうしたんだろ、キルア……」
不安げに呟いたの視線の先で、見覚えのある銀髪が揺れた。

 エレベーターから現れたキルアの顔に喜びの色はなく、どこか浮かない表情をしていた。は彼に駆け寄ると、歩調を合わせて横に並んだ。
「キルア、ズシと当たったんだってね」
「あぁ」
どこか上の空でキルアは答えた。
「ズシ強かったんだ?」
ほんの少し遅れて追いついたゴンが尋ねると、キルアは首を横に降る。腕力や身のこなしは一階の相手と大差ないはずなのに、なぜだか攻撃耐性が異様に高かったのだとキルアは言った。そして彼が構えを変えた途端、兄と同じ嫌な感じがした、とも。
「あれ、きっと何かの技なんだ」
通りがかりに偶然聞こえてきた話によると、ウイングはそれを"レン"と呼んでいたらしい。あの二人の間で継承されているものは、どうやらただの拳法だけではないようだ。
「……決めた。オレ、最上階を目指す!」
熱のこもった目をしてキルアが言った。
「うん。オレも!」
ゴンはそう言って拳を握る。そして普段あまり好戦的ではないも、自力で二勝した自信に後押しされ、二人の提案に力強く頷いたのだった。

 その日の宿はすぐに見つかった。天空闘技場の周辺は挑戦者たちをターゲットとした宿泊施設で溢れかえっており、宿探しに困る事はなかった。さっそく三人は手頃な宿にチェックインを済ませると、夕食にありつくべく夜の街へと繰り出した。

 運ばれてきた料理の香りにがうっとりと目を細める。テーブルに置かれた器の中で、とろみのある豆のスープがゆったりとふるえた。
「てっきり肉肉って騒ぐのかと思ってたけど」
ハンター試験での暴走っぷりを間近で見ていたキルアの中では、と言えば肉というイメージが凝り固まっていた。しかし実際は、いつでもどこでも肉だけを求めて生きているわけではないらしい。
「お肉は特別な日にとっておくよ。あ、これ美味しい!」
材料を分析しながらゆっくりと味わうを横目に、キルアは野菜と肉の串焼きへかぶりついた。こちらも当たりだ。
「……そういえばって料理上手いんだよな」
そう言ってキルアは二次試験での彼女の姿を思い返した。豚の下ごしらえに火の管理、魚の捌き方、寿司に対する気概――。すると向かいでゴンが小さく「あ」と声を上げた。
「オレ何回か食べたけどすごく美味しかったよ」
ゾルディック家を訪れた際、使用人の家で特訓させてもらっている間、食事の当番をローテーションで担当していたためだ。食事時の凄まじい料理争奪戦について、ゴンが笑い混じりに語るのをキルアはじっと聞いていた。

 宿への帰り道。日が暮れてからずいぶん経ったはずなのに、この街はまだまだ眠る気がないらしい。道の両脇にずらりと並んだ店の窓から煌々と光が溢れている。
 楽しそうに語らう二人の背を見つめながら、キルアは物思いに耽っていた。自分と出会う前、自分が殺しと鍛錬に明け暮れ血にまみれていた間、はいったいどんな暮らしをしていたのだろう。
。オレにも今度なんか作ってよ」
気がつくと、キルアはの肩に手を置いていた。
「ん? うん。食費も浮くしちょうどいいかもね」
キルアの頼みに二つ返事でそう言うと、は柔らかな笑みを浮かべた。
 おそらくこれが実現するのは、個室が与えられる100階クラスに到達してからのこと。先の楽しみが増えたキルアは満足げに口角を上げ、軽くなった足取りで宿へ向かった。

みんなで晩ごはん。