No.50 : Prize


 ウイングと別れた四人は、先ほどの試合のファイトマネーを受け取るべく窓口へと向かった。受付にチケットを渡すと、代わりに薄い長封筒が返される。初めての報酬に心躍らせながら封を開けたは、手のひらに転がり落ちた四枚の硬貨を目にした瞬間、表情を凍らせた。
「152ジェニー」
ゴンとの声が重なる。その直後、プルタブを開ける音が背後から聞こえた。
「一階は勝っても負けてもジュース一本分のギャラ」
そう言うとキルアは買ったばかりの炭酸を煽った。次の階で勝つことを確信しているからこそできる行動だ。
「次からは負ければゼロ。勝てば五万はもらえたかな」
初回報酬の渋さにほんの少し拍子抜けしていたゴンたちは、ようやく手応えを感じ始めた。

「100階なら百万、150階は一千万くらいか」
五万に感心していたズシの表情が固まる。ゴンとは口をぽっかりと開けたまま顔を見合わせた。もはや小遣いというスケールの話ではない。
「じ、じゃあ200階ならいくらになるの?」
がドキドキしながら尋ねた。
「んー。オレ正確には200階に行った時点でやめちゃったから詳しくはわかんないけど」
横で聞いていたズシの顔が軽く引きつった。構わずキルアは思案顔で続ける。
「190階で勝った時は二億くらい貯まってたかな」
自分とは縁のない数字に三人は言葉を失った。しかしそれならば、そのとき貯まっていた大金はどこへ。ゴンが恐る恐る尋ねると、キルアは実に少年らしい無邪気な笑みを浮かべた。
「四年前だぜ、残ってるわけねーじゃん。全部お菓子代に消えたっつーの」

 一生遊んで暮らせる額を四年で全てお菓子に変えてしまった少年は、最後の一口を飲み干し立ち上がった。空になった缶がゴミ箱に差し込まれ、他とぶつかり軽快な音を立てる。
「それより早く控え室行こうぜ。オレたち前の試合でダメージなかったからきっともう一試合組まされるはずだ」
二億円分のお菓子に意識を支配されている三人を置いて、キルアは既に次を見据えていた。

 控え室のドアを開けた瞬間、湿った熱気と独特の匂いが四人を出迎えた。呼び出しを待つ男たちの間を縫うたび、品定めでもするかのような視線が四方から刺さる。
 空いていたベンチに並んで腰掛けると、キルアは後ろに両手をつき足を組んだ。
「この程度の奴らなら楽勝だって。気楽にいこーぜ」
言い終わらないうちに周囲の目が光り、忌々しげな視線が一斉にこちらへ集中する。とズシは互いに顔を見合わせて震え上がった。

 最初に名前を呼ばれたのはだった。初戦で恐怖を体験したことに加え、恨み混じりの注目に曝されたはすっかり萎縮してしまっている。
!」
ぎこちない動きでドアへ向かおうとするの背中にキルアが声をかけた。
「これ勝たねーと今晩は飯抜きだからな」
「ええっ! そんなぁ……」
キルアの残酷な提案には目を丸くして驚いたが、よく考えると、報酬が手に入らなければ金が足りないのも事実。はしばらく苦悩に唸った後、勢いよく顔を上げ、決意に燃えた瞳で部屋を出て行った。
「ちょっと厳しすぎるんじゃない?」
ゴンが眉根を寄せてキルアをつつくが、発言を撤回する気配はない。
「あいつなら大丈夫だよ」
そう言ってキルアは薄く笑みを浮かべた。

 の次の対戦相手も例に漏れず、堂々たる体躯の大男であった。だが今度は妙な言葉をかけてくるわけではなく、ただ単純にこちらを下に見ている。決して良い気はしないが、戦闘の難易度という点だけを見ればこの上ない好条件だった。
 審判が試合開始を宣言した直後、走り寄ってきた男に力の限りの蹴りを繰り出した。を安く見て油断していた彼は、受け身をとる間もなく吹き飛び、場外の壁へ叩きつけられる。その後、彼が起き上がることはなかった。

 予定通り60階へのチケットを手に入れたは、エレベーター脇のベンチでゴンたちを待っていた。
 通りかかる者は皆、物珍しそうにを上から下まで眺めていく。ここに子どもがいること自体稀なのだから仕方なくはあるが、どうにも落ち着かない。しかし、もし絡まれたとしても吹っ飛ばしてしまえばいいのだと思うと、恐怖はなかった。

 そんなの心配は無用に終わり、しばらくしてゴンがやって来た。彼の身体には傷どころか汚れすら見えない。おそらく彼も一階同様、一撃で相手をノックアウトしたのだろう。二人は互いに笑顔で右手を打ち合わせた。
「よかった、も勝てたんだ!」
「うん。晩ごはん食べたいから必死だったよ」
先ほどのキルアの話どおりならば、これから約五万の報酬が手に入るはずだ。ひとまず数日分の宿代と食事代は確保できたと言っていい。
 二人はほっと胸を撫で下ろし、ここで共にキルアの合流を待つことにした。

出だしは順調。