No.48 : Challenge


 天空闘技場。地上251階、高さ991メートル、世界第四位の高さを誇るタワー上の建造物で、格闘のメッカとも呼ばれている。
「一日に訪れる挑戦者はよんせんにん……」
は基本情報を復唱しながら口元を引きつらせた。
「なーにビビってんだよ。ハンター試験の四次まで残ったくせに」
キルアが笑いながら背中を叩くと、は大袈裟なくらいに肩を震わせた。そして恨みがましそうに振り向く。
「それは色々と助けがあったからこそで……」
トンパの罠とマラソンではキルアに、トリックタワーではイルミに。特に後者に関しては、自分一人のルートであれば生存の可能性すらなかっただろう。
「修行は多少無茶なくらいが丁度いいんだよ」
キルアの言葉にはゴクリと唾を飲み込んだ。確かに、楽な道を行くばかりでは成長は望めない。

 もとより引き返すつもりなどなかったが、力不足から来る強烈な不安がどうしても拭えなかったのだ。しかしそれも先ほどまでの話。ようやくの決意が固まってきたところで、突然ゴンが窓に張りついた。
「見えてきた!」
その楽しげな声につられても横に並ぶ。
 眼下に立ち並ぶビル群の中、空へ突き抜けるようにそびえ立つ一本の塔。これが単なるオブジェではなく、上から下まで、中にみっちりと実用施設が詰まっているというから驚きだ。は瞳をキラキラと輝かせながら、目の前の巨塔を見つめている。
「現金なヤツ」
そう言ってキルアは呆れ半分、安心半分のため息をついた。

 残りわずかだった所持金も飛行船の運賃に消え、いよいよ後はなくなった。
 船を降り、タワーのふもとに辿り着くと、今度は周囲の人混みの多さに圧倒される。受付へと続く長い行列に並びながら、ゴンとは感嘆の息を漏らした。
「ここでは単純に相手をぶっ倒せば勝ち。そして上に行けばいくほどファイトマネーは高くなる。わかりやすいだろ?」
キルアはそう言って口の端を上げた。確かにとっつきやすいが、シンプルに強さが物を言うシステムだ。は消え去ったはずの不安が胸の内に蘇ってくるのを感じた。

 じわじわと順番が近づいていき、ようやく受付に通される。窓口から差し出された受付用紙には、各種必要事項を記入する欄が設けられていた。
 三人並んで黙々とペンを走らせていると、キルアが小さな声で言った。
「格闘技経験五年って書いとけ」
もちろん虚偽の情報だ。しかしこれは早めに上の階に行くための裏技らしい。はドキドキする胸を押さえながら、言われた通りの数字を記入した。
 受付用紙を提出すると、三人それぞれに四桁の番号が一つずつ割り振られた。一階闘技場では、この番号で呼び出しを行うらしい。

 闘技場内へ足を踏み入れた瞬間、歓声と熱気が三人を包み込んだ。中央に等間隔で設置された十六面のリングでは、どこを見ても屈強な男たちが熱くしのぎを削っている。それをぐるりと取り囲むように用意された観客席からは、野次や声援が絶え間なく投げかけられていた。
 立ち上がって叫ぶ観客たちの間を平然と縫って歩き、空きスペースに腰掛けるキルア。周囲に興味津々のゴンと、どこか動きの硬いがその後に続く。
「懐かしいなー。ちっとも変わってねーや」
そう言ってキルアは楽しそうに口角を上げた。
「え、キルア来たことあるの?」
ゴンが尋ねた。
「あぁ。六歳の頃だったかなー。無一文で親父に放り込まれた。200階まで行って帰って来いってね」

 キルアにとっては単なる昔話の一部といった感じの口ぶりだったが、の耳には衝撃が大き過ぎた。改めて周りを見回してみたが、観客も挑戦者も皆、二十歳をゆうに超えたような者たちばかり。ここに六歳の少年が混じっている絵など想像がつかない。
「その時は二年かかった」
あのキルアでさえ二年、と取るか、八歳が200階まで到達するなんて、と取るか。はもう異次元のエピソードに頭が回らない。そのとき、館内放送がゴンの番号を呼んだ。
「オレだ……うわー緊張してきたぁ」
そんなことを言いつつも、どこか嬉しそうな顔でリングへ向かおうとするゴンの肩をキルアが叩いた。そして耳元で何事かをつぶやく。ゴンは一瞬驚いたが、キルアが小さく頷くのを見て納得したように階段を降りていった。
「ゴンになんて言ったの?」
たまらずが尋ねる。
「まぁ見てな」
そう言ってキルアは口の端を上げ、中央のリングに視線を移した。

 ゴンの対戦相手は身長で言えば二倍、横幅なら軽く三倍はありそうな大男だった。どちらに賭けるかと問われれば、十人中十人がその男を選ぶだろう。それは本人からしても例外ではなく、既に勝利が約束されているかのように余裕の表情を浮かべてゴンを見下ろしていた。
 観客席からは物騒な野次が容赦なく投げかけられる。そのどれもが、男の圧勝を望むものばかりだ。
 審判が試合開始を告げた直後、男は薄く笑みを浮かべながらゴンへと掴みかかる。しかしその両手がゴンの姿を捕らえることは叶わなかった。ゴンが何とは無しに突き出した掌が、男の身体を場外へ吹き飛ばしたのだ。

張り手一発。