No.46 : Each


 キルアとは守衛室に戻り、少し冷めたお茶を啜りながらバスを待った。二人の和やかな空気に質問は野暮だと判断したのか、何をしていたのか聞いてくる者は一人もいない。
 皆がたわいもない会話に興じていると、見慣れた観光バスが門の前に停車するのが見えた。

 バスから鉄道に乗り継いだゴンたちは、二手に分かれてボックス席へ腰掛けた。ゴン、キルア、が進行方向に向かって左側、クラピカ、レオリオが右側だ。
「……そういえば」
キルアがちらりとゴンに視線をやった。
「お前もしかして早速ライセンスなくした?」
先ほどゴンが律儀に切符を買っているのを見て、ずっと疑問に思っていたらしい。ハンターライセンスがあれば、公共交通機関のほとんどは無料で利用できるのだ。現に、クラピカとレオリオはしっかりと支払いを免除されていた。
「ううん、ちゃんと持ってるよ」
ゴンはそう言うと、鞄からライセンスを取り出して見せた。じゃあなんで、と言いたそうにしているキルアの言葉を遮るように、ゴンは得意げな顔をした。
「やること全部やってから使うって決めたんだ」
「なんだよ、やることって」
そう言って身を乗り出すキルア。最終試験後、サトツと共にゴンの部屋に居合わせていたは、聞き覚えのある話題が展開され始めたことで完全に気を抜いていた。
「四次試験でヒソカに渡されたこのプレートを」
ヒソカという言葉に反応し、ギョッとした顔でゴンの方を見る。彼は再び自分の鞄を漁り始めた。
「――顔面パンチのおまけ付きで叩き返す!」
次に出てきた丸いプレートには、確かにヒソカの受験番号・44がはっきりと印字されていた。
「ふーん。で、ヒソカの居場所は?」
「えーっと……」
キルアが驚きもせず至極冷静に返すと、ゴンは途端に言葉を濁し始めた。目標ははっきりと決まっていたが、具体的な方法についてはノープランだったらしい。
「私が知っているよ、ゴン」
誤魔化すように苦笑するゴンを見かねたクラピカが、横から助け舟を出した。

 クラピカは合格者講習の後、ヒソカと個人的に話をする機会があったのだと言った。それによると、ヒソカは九月一日にヨークシンシティへ向かうということらしい。
「九月一日っていうと半年以上先だね。ヨークシンシティで何かあるの?」
ゴンにとっては、名前の聞き覚えがある程度の親しみしかない土地だった。それはやキルアも同様で、いまいちピンときていない。そんな中、突然レオリオが指を鳴らした。
「世界最大のオークションか!」
「そうだ」
クラピカが頷いた。

 九月一日から十日までの間、ヨークシンシティでは毎年、世界最大規模のオークションが開催されている。クラピカは、世界で一番金が集まる場所とも揶揄されるその会場に幻影旅団が現れる可能性を見ているという。
 旅団の動向については予想の域を出ないが、ヒソカの行き先は本人の言葉が出所ということもありほぼ確定と言っていいだろう。
「九月一日か……わかった。ありがとう」
さっそく有力な情報を掴み、ゴンは晴れやかに微笑んだ。幸先の良いスタートだった。

 外の景色が山地から次第に平地へと移り変わっていく。ゴンとはここ数日の夜更かしが祟ったのか、いつのまにか肩を寄せ合うように寝入ってしまった。
 クラピカが事情を説明すると、一瞬目を丸くしたキルアは何かを誤魔化すかのように窓の外へ視線を移す。クラピカは小さく笑みを零し、同じく口角を上げているレオリオと顔を見合わせた。
 二人はそのまま眠り続け、終点でキルアに揺り起こされるまで目を覚まさなかった。

 駅のホームを後にして、五人は街を散策がてら行くあてもなく歩いていた。以前訪れた時はただの通過点としか見ていなかったこの街も、実際には見所の詰まった立派な観光地であった。
 腹ごしらえを済ませ、しばらく歩いたところでクラピカが突然立ち止まった。
「じゃあ、私はここで失礼する」
もう何日か行動を共にするのだとばかり考えていたは、弾かれたようにクラピカを見た。
「キルアとも再会できたしな。……それにオークションに参加するには金がいる」
オークションという言葉が出た途端、開きかけていたの口は真一文字に結ばれた。ほんの切れ端程度だが、ようやく掴んだ旅団の手がかり。彼の行く先を邪魔するわけにはいかない。

 クラピカはさっそく場所を移し、本格的に雇い主を探し始めるのだという。ハンターとしての道を一歩踏み出そうとしている彼の姿は、にとって羨ましくもあり、友人として誇らしくもあった。
「じゃあオレも故郷へ帰るとするか」
皆がクラピカとの別れを噛み締めている中、レオリオがふいに言った。ようやく落ち着きかけていた空気に再び衝撃が走る。
「やっぱり医者の夢は捨てきれねぇ」
狭き門ゆえ、彼なりに何度も葛藤があったのだろう。しかし今の彼の瞳に、迷いの色は微塵もなかった。

 国立医大に受かれば、高額な授業料は全て免除されるのだとレオリオは続けた。ハンターライセンスという強力な後ろ盾は手に入れた。となると、あとは己の力を高めるのみだ。
「これから帰って猛勉強しねぇとな」
そう言って決意に燃えるレオリオの横顔は、いつにも増して凛々しく見える。彼ならばきっと成し遂げられるだろうという説得力があった。

 顔も見ないまま別れの時を迎えた四次試験と違い、今度はきちんと言葉を交わして区切りをつけられる。別れの瞬間だというのに、の心は至極落ち着いていた。寂しさよりも、晴れ晴れとした気持ちの方が大きかった。
「また会おうぜ。そうだな、次は……」
レオリオはそう言って四人の顔を見回した。皆の向かう先はもう決まっている。
「九月一日、ヨークシンシティで!」
澄み切った青空に、五人の声が吸い込まれていった。

五人の約束。