No.39 : Gate


 森を抜けてしばらく行くと、道の途中に小さな門が見えてきた。その脇には一人の少女が立っている。
 長く伸ばした縮毛をいくつかに分けて束ねた独特の髪型と、褐色の肌、そしてかっちりと着込まれた燕尾服。あどけなさの残る顔と背丈から見て、年の頃はゴンやとそう変わらないはずだが、凛と背筋を伸ばしたその立ち姿はゾルディック家の執事として充分な風格を漂わせていた。

 道なりに進み、門の前までやってくると、ステッキに手を置いた少女が蔑むような目で四人を一瞥した。
「出て行きなさい」
何の感情も込められていない声でそう言うと、少女は持っていたステッキで先頭にいるゴンの足元を指した。
「あなたたちが今いる場所は私有地よ。許可なく立ち入ることはまかり通らないの」
少女の言葉にゴンは首をかしげた。
「ちゃんと電話したし、試しの門から入ってきたよ」
とはいえ、試しの門を自力で開けるために使用人の助けを仰いだことは伏せておく。今ここでゼブロたちの名前を出しても良いことは何もなさそうだ。
「でも、正式に許可が下りたわけじゃないでしょ」
少女は流れるように反論を口にした。しかしゴンも負けてはいない。
「どうしたら許可がもらえるの? キルアの友達だって言っても繋いでくれないのにさ」
ゴンはそう言って唇を尖らせた。穏便に済ませようと歩み寄ったのに、それを突っぱねたのは執事たちの方だ。

 ヒートアップしてきたゴンとは対照的に、少女はうろたえる様子もなく、目を伏せて小さく息を吐いた。
「さあ。そういう前例はないから」
「じゃあ結局無断で入るしかないじゃん!」
ゴンの叫び声が辺りに響く。少女はたしかにそうね、と呟いたが、あくまでここを通さない姿勢は貫きつつ、持っているステッキで足元に線を引いた。
「とにかく」
もともと冷ややかだった彼女の表情からより一層熱が消え、鋭く突き刺すような視線が四人の上を滑った。
「大目に見るのはそこまでよ。この線を一歩でも超えたら実力で排除します」

 張り詰めた空気の中、クラピカとレオリオは武器を取り出し、少女に最大限の警戒を置いた。しかしゴンは二人に向かって右手を上げ、それを降ろすよう促す。
 も含めた三人が見守る中、ゴンはゆっくりと門に向かって歩いて行った。

 足が線を超えた瞬間、ステッキの先端にある鉄球が頬を抉り、ゴンの体ははるか後方へと吹き飛ぶ。その軌跡を目で追いながら、クラピカとレオリオは悔しそうな顔で武器を握り直した。
「手を出しちゃダメだよ。オレに任せて」
ゴンはそう言うと、依然瞳に強い意志を灯したまま、再び門に向かって歩を進めた。顔から滴る血が点々と地面に跡を残していく。

 打撃の威力は弱まることを知らず、ゴンの体力と血液を容赦なく奪っていった。
 一体何度吹き飛ばされただろうか。口の端に流れ始めた血を無造作に拭ったとき、ゴンは何者かに手を引かれて立ち止まった。振り向くと、が今までに見たこともないような難しい顔をして立っていた。
「だめだよ。彼女と戦いにきたわけじゃ――」
「うん、わかってるよ」
たしなめようとするゴンの言葉を遮るように頷くと、は彼の横を通り過ぎ、少女の目の前へと歩み出た。すると少女は、ステッキを胸の前で横向きに突き出す。絶対にここは通さないという合図だった。

 の心臓はこれ以上ないほどに激しく脈打っていた。精一杯の虚勢を張ってはいるが、本当は足元から崩れ落ちそうなほどに恐怖していた。しかし、ただそこでゴンがボロボロになっていく姿を見ているだけなのは絶対に嫌だった。――自分だって、キルアの友だちなのだ。
 一歩踏み出すごとに増していく恐怖を紛らわせるように、は強く奥歯を噛み締めた。

 ゴンはの行動に一瞬驚いたものの、すぐに心配することをやめた。試しの門へ挑んでいたときの姿勢を見れば、彼女のキルアへの想いの強さは痛いほどわかる。彼女も、自分と同じ思いを胸に立ち向かっているのだ。門に向かってゆっくりと歩いていく彼女の後ろ姿をゴンはじっと見つめた。

 線を踏み越えた途端、側頭部にとてつもない激痛が走った。そして次の瞬間には、の体はまるで打ち捨てられた人形のように地面を転がっていた。
!!」
クラピカとレオリオの叫び声が同時に響いた。自身が血まみれのゴンまでもが、不安げな視線を寄越している。
「……は大丈夫」
そう発する口の中に広がる鉄の味。こめかみにも生温いものが伝う感触があったが、それが何かなど確かめるまでもない。は軋む体に鞭打って立ち上がると、再び少女に視線を定めた。

 執事見習いの少女――カナリアは、ステッキ越しに伝わる感触の不快感に静かに目を伏せた。

ゴンとともに。