No.38 : Achievement


 疲れた体にさらに鞭を打つ過酷なトレーニングのはずが、二人一緒に挑んでいると楽しささえ感じた。
 しばらくすると効率が悪くなってきたので、二人はフラフラになった体を草の上に投げ出し天を仰いだ。二人分の荒い呼吸が空に吸い込まれていく。
「やっぱりといると楽しいや」
充実感に満ちた声でゴンが言った。
「……
はそこで言葉を区切ると、このまま続けていいものか悩んだ。この雰囲気で真面目な話をするのはなんだか気恥ずかしい。しかし、言いたいことを言いたい相手に伝えられる機会は無限ではないのだ。突然別れが訪れることだってある。それはキルアとの件で経験済みだ。

 は深呼吸をすると、意を決して口を開いた。
「ゴンのおかげで四次試験、頑張れた。ありがとう」
まぁ結局は落ちちゃったんだけど、と続けては恥ずかしそうに頬をかいた。ゴンは唐突に謝意を伝えられ、驚きのあまり体を起こした。
「えっ、オレ?」
思い返してみるが、トリックタワーを出てクジを引いてからというもの、一度もと会話した記憶はない。それだけに、ハンター試験合格後に久しぶりに会えてどれほど感動したことか。

 もゆっくりと体を起こすと、静かに空を見上げた。深い濃紺の上に、小さな輝石がきらきらとちりばめられている。夜空をこんなにじっくりと眺めたのは久しぶりだった。

 は晴れやかな顔で口を開いた。
「ゴンがヒソカに挑むつもりだって聞いて、も逃げてられないと思った。ゴンはの憧れなんだ」
臆病なとは正反対のゴン。姿を見つけただけで隠れたくなるほどの脅威にも果敢に立ち向かう彼の姿は、に勇気を与えた。四次試験で積極的に行動を起こせたのも、ゴンとの関わりによるものが大きい。
「無茶しすぎてしょっちゅう怒られてるけどね」
そう言ってゴンは照れくさそうに笑う。そしてしばらくして、ハッと何かに気づいたように顔を上げた。
「でも、それを言ったらオレだって!」
妙に熱のこもった瞳がのそれをしっかりと捉えた。
が楽しそうに課題に挑んでるのを見てたらオレまで楽しくなってきたんだ。……ハンター試験はオレの最高の思い出!」

 今度はが驚く番だった。自分が与えてもらってばかりだと思っていたが、知らないうちに自分の姿が周囲に好影響をもたらしていたらしい。
 は自然と口元が緩んでいくのを感じながら、ゴンの顔を覗き込んだ。すると、同じことを考えていたらしい彼と視線が合致する。
「キルアがここに居たら絶対気持ち悪がられてるね」
その時の顔がまざまざと想像できてしまった二人は、顔を見合わせたまま噴き出すと、再び草の上に倒れこんだ。

 その夜、ゴンが寝床から消えていることに気づいて探しに出かけたクラピカが遭遇したのは、楽しそうに談笑しながら鍛錬に励むゴンとの姿だった。水を差すのは野暮だと判断したクラピカは、しばらく目を閉じて、その心地良い笑い声に耳を傾けていた。

 重厚な音と共に、の身長の倍もありそうな扉が土埃を立てた。扉同士の間に隙間が生まれたかと思うと、木々の姿が覗き始め、次第に明らかになっていく。
 日々の鍛錬はもちろんのこと、ゴンとの秘密特訓はその後も行われ、レオリオ、クラピカ、ゴンに続き、ついに最後の一人、も第一の扉を開けることに成功した。ここに来て二十日目の朝だった。

 人一人が通れるほど開いたところでは扉から手を離し、空を仰ぎながら両の拳を突き上げた。
「やったー!」
その直後、音を立てて自ら閉まろうとする扉に押し戻され、尻餅をつきそうになったところで何者かに背中を支えられる。そのまま視線を上に向けると、朝日に縁取られた金色が見えた。
「嬉しいのはわかるが気を抜きすぎだ」
呆れたような、しかし嬉しそうなクラピカの声が上から降ってきた。は小さく礼を言って体勢を直すと、駆け寄ってきたゴンと笑顔で両手を打ち合わせた。

 ゼブロが頭を掻きながら感嘆の息を漏らした。
「いやぁ驚いた。たった二十日間でクリアするとは」
正確にはクラピカが十七日、ゴンが十九日、が二十日で、レオリオに至っては昨日の夕方に二の扉まで開けてしまっていた。なんとかなるだろうと踏んでいたゼブロだが、さすがにこの早さは予想外だったらしい。
「いやぁ、まぁ、それほどでも……あるけど」
レオリオが得意げに鼻を鳴らした。

 四人は荷物をまとめると、世話になった家に最後の掃除を施すことにした。
 両手で渾身の力を込めていたはずの扉は今や片手で難なく開く。重いモップによろけてよくバケツの水を零し、落とした皿で足の指を痛め、扱いづらい包丁で指を切っていた日々が懐かしい。そんなことを考えているうち、あの頃苦戦していたのが嘘のように、あっという間に作業は終わってしまった。

 家の前まで見送りに来てくれた二人に向き合い、ゴンは深々と頭を下げる。
「ゼブロさん、シークアントさん、長い間お世話になりました!」
それに倣い、三人もお辞儀をしながらそれぞれお礼の言葉を述べた。するとゼブロは元々刻まれている笑い皺をさらに深くして、首を横に振った。
「いえいえ、気をつけていきなさいよ」
そう気遣いの言葉をかけてくれるゼブロとは対照的に、シークアントは一言も喋ることなく、視線だけを四人に向けていた。

 ゼブロは自分の案内通りに道なりに進む四人の背中を見送りながら、横にいるシークアントをちらりと見た。
「たいした連中だ」
先ほどまで一言も喋らなかった彼がポツリと漏らした。珍しい彼の言葉にゼブロは口の端を上げる。
「私が夢を見たくなる気持ちがわかるだろう」
少し得意になっているゼブロの横で、シークアントは煙草を蒸しつつ頷いた。
「ああ。……だけど本当に大変なのはここからだ」
吐き出された煙が風に乗って消えていく。シークアントはどこか遠くを見つめながら、再び煙草を咥えると、大きく息を吸い込み、吐き出した。
「……バケモノばっかりさ。雇い主も使用人も。あそこを超えたらな」
そんな呟きがあったことを四人は知る由もなかった。

試しの門を突破。