No.37 : Midnight


 食事と後片付けを終えると、さっそく特訓が始まった。しかしその内容はというと、掃除に洗濯、水汲みに炊事、そして薪割り――。
「ただ単にこき使われてるだけじゃねえか?」
レオリオが床にモップをかけながらうんざりした顔でそうぼやくと、クラピカは否定できず苦笑いを浮かべる。すると様子を見に来たらしいゼブロが扉から顔を覗かせた。
「あら、まだ終わってなかったんですか」
彼の言葉どおり、任せられた作業の一つ目で四人は既につまずいていた。重りのせいでただでさえ動きが遅いことに加え、ミスも多く、三歩進んで二歩下がるという言葉をまさに体現していた。
「それが終わったら二階と三階、あとはお風呂とトイレもありますからね」
さらりと悪魔のような言葉を残し、笑顔で去っていくゼブロ。それに絶望したレオリオは大きなため息をついた途端、バケツの水をぶちまけてしまい、とうとう床の上に倒れ込んだのだった。

 その日に終えることができなかった作業は、翌日へ持ち越しとなった。風呂を済ませて寝床につくと、十を数え終えることもできないほどの早さで睡魔に飲まれる。四人はそんな毎日を繰り返し、十日が経った。

 最初は一部屋を掃除するのに一日を要していた四人だったが、近頃は、基本的な家事ならばその日のうちにきっちり終わらせられるようになってきた。しかし生活に関係のない、特訓らしい特訓にまで手を出す余裕はまだない。
「オレら、こんな事だけで本当に強くなってんのかな」
薪割りを完了したレオリオが汗を拭きながらぼやく。すると、ちょうど水汲みにやって来ていたクラピカが唸った。
「変化が無いということはないだろうが……」
明らかに作業スピードは上がっているし、身に付けている重りも以前の数倍になった。しかし何も指標となるものがない今、なんだか地に足が着いていない感覚がある。
「一度、今の自分がどの辺りにいるのか知ることも大切かもしれないな」
クラピカの一言により、四人は現在の実力を測るため、それぞれ試しの門に挑戦してみることとなった。

 久しぶりに見る試しの門は、相変わらずの荘厳さと不気味さをたたえていた。しかし、以前に比べると威圧感は若干減っているようにには感じられた。十日間でかなりの成長を遂げたという実感から、もしかしたら開いてしまえるのではないかという淡い期待がそうさせるのだ。
 しかし、現実はそう甘いものではなかった。初日に試した時と同じように、押せども押せども扉は一ミリたりとも動かない。それはゴンとクラピカも同じで、無駄に体力を使うだけの結果に終わった。

 地面に座り込んで息を整えている三人を尻目に、最後はレオリオが扉へと挑む。離れた皆に聞こえるほど大きな深呼吸をすると、獣のように唸りながら手の平に渾身の力を込めた――すると、先程までピクリとも動かなかった扉が、確かに十センチほど口を開いた。隙間から塀の中の景色が顔を出す。三人が唖然としながら見守る中、レオリオはふっと力を抜き、扉が閉まる反動で尻餅をついた。
「マジかよ……やったぜ!」
すぐさま立ち上がり、嬉々とした表情で三人の元へ駆け寄るレオリオ。三人は立ち上がると、それぞれ口々に賞賛の言葉を述べながらレオリオと拳をぶつけ合った。
「まさか十日でここまで……」
守衛室のそばから四人を見守っていたゼブロのこめかみに、一筋の汗が伝った。

 それからの四人の気合いはこれまでとは明らかに違った。己の未熟さを実感した三人は悔しさから、ほんの少しゴールの兆しが見えてきたレオリオは自信から。
 ここでの生活に慣れてきたせいで少しずつ滲み出していた惰性の色が、彼らの瞳から完全に消えた。
 ミスが減ったおかげで作業スピードもさらに上がり、ようやく家事とは全く関係のないトレーニングにまで手を出すことができるようになった。

 皆が寝静まった頃。はこっそりと布団から抜け出して重りを身につけると、静かに扉を開けて家を出た。全力を込めてやっとギリギリ人が通れるほどの隙間しか作れなかったのが嘘のように、今ではその扉を特別意識する必要などなくなっていた。
 その日の夜空は雲ひとつなく、月も星もよく見えた。なんだか得をした気分になったは、ほんの少しだけ口角を上げると、さっそくその場で腕立て伏せを開始した。

 は気づいてしまったのだ。現時点で自分が一番、ゴールから遠いことに。――試しの門で全く手応えがないのは三人とも同様だったが、身につけている重りの量はそれぞれ違う。今日改めて話をしたことで、自分のものが一番軽いことが判明したのだった。
 トレーニングを始めてどれくらい経っただろうか。さすがに限界を感じ始めたが一旦休憩を取ろうと腰を下ろした時、ゆっくりと芝を踏みしめる音が聞こえた。身構える
「……こんばんは、
バツの悪そうな顔をしたゴンが、暗闇の中から現れた。

 話を聞くと、どうやらゴンも今日の出来事に焦りを感じて追加の特訓を行うことに決めたらしい。左腕が折れているということで、皆より不利な点がより焦りを加速させたようだ。
「それにしても、こんな夜に先客がいてびっくりしたよ」
おばけかと思った、と続けてゴンは笑った。
「それはこっちのセリフ!」
言い返しながらも噴き出す。それから二人はクスクス笑いながら、各々のメニューをこなしていった。

二人で秘密特訓!