No.34 : Training


 ミケと別れ、森の中をしばらく進むと、木々のトンネルを抜けたところに一軒のログハウスが見えてきた。ミケの迫力と野道の薄暗さに縮み上がっていたは、家の中から漏れ出る明かりにこっそりと安堵の息を吐いた。
 実際に建物を目の前にするといよいよ立派な豪邸に見えるのだが、これは使用人専用の住居に過ぎないらしい。
「もう夜も遅い。今日はここで休んでいってください」
そう言ってゼブロはドアを開け、皆を中へ招き入れた。戸が開く際に聞こえた妙に重々しい音が気になったクラピカだったが、いつのまにかその事は頭の中から消え去っていた。

 床も壁も木でできた温かみのある内装と、綺麗に整頓され、無駄のない家具の配置。初めて来た家のはずなのに、親しみやすい雰囲気に満ちていた。
「おーい、戻ったよー」
ゼブロが部屋の奥へ声を掛けるとすぐに、上階から誰かが降りて来る音がした。階段の踊り場に姿を現したのは、茶色の髪を短く切り揃え、鼻の下に髭を蓄えた中年の男だった。
「彼はシークアント。私と交代で働いている掃除夫です」
シークアントと呼ばれたその男は一言も喋ることなく、不機嫌そうな顔をして、数段上から四人を品定めでもするかのように伺い見ていた。

 ゼブロは皆をリビングに案内すると、各々好きな席に腰掛けるよう促した。どうやらお茶でもてなしてくれるらしい。――しかし椅子を引こうにも、床に固定でもされているかのように動かない。
「な、なにこれ」
は思わず呟く。そして戸惑いつつも渾身の力を込めて引っ張ると、ようやく人が座れるほどの隙間を作り出すことができた。そこに無理やり体をねじ込んで腰掛け、ほんの少し上がってしまった息を整える。
「その椅子は六十キロあります。ちなみにこの湯のみは二十キロ」
椅子に座る段階で手こずっている四人を尻目に、ゼブロはそう言って涼しい顔でお茶を飲んでいた。

 ゼブロの説明によると、この部屋にある家具や道具はどれも最低二十キロ以上はあるのだという。なるほど、彼の怪力の秘密はこの家での生活にあったのだ。
「どうです、しばらくここで特訓してみませんか?」
ゼブロはそう言って皆の顔を見回した。湯呑みの重さに手を滑らせ、床にお茶をぶちまけてしまったは、雑巾を動かす手を止めて顔を上げる。
「訓練しだいでは、短期間でも一の扉までは開けるようになるかもしれません」
試験に落ちたと、自分に課した条件をクリアするまでライセンスを使わないという誓いを立てたゴンは、観光ビザを利用するしかなかったため滞在期間に三十日という上限があるのだ。

 間に合う確証はない。しかし試さなければ何も始まらない。四人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
「試されるのは不本意だけど」
そう言ってお茶を飲み干すゴン。
「他に方法がないのなら」
挑戦的な表情で口角を上げるクラピカ。
「やるしかねぇなぁ! 」
勢い良く立ち上がったレオリオ。
「スパルタでお願いします!」
床の後始末を終えたは、ゼブロに向かって深く頭を下げたのだった。

 まず最初に行ったことは、着替えだった。ゼブロが奥から持って来たベスト、リストバンド、アンクルバンドを言われるがままに着けていく。すると一式揃った頃には、歩くのもままならないほどの状態が完成した。
「なんだこの重さ……」
レオリオは地に伏し、重力の仕事ぶりを存分に体感しながらそう呟いた。装着の瞬間にしっかりと身構えていたはレオリオのように倒れこそしなかったが、全ての動作がスローモーションになってしまっている。
「それで合計五十キロあります。寝る時以外はいつも着ていてください。慣れたら徐々に重くしていきます」
ゼブロがサラリとそう言ってのけると、行く末を案じたレオリオから情けない声が上がった。

 その日は夜遅かったこともあり、各部屋についての案内を受け、日常生活動作をこなすとすぐに就寝時間が訪れた。といっても歩くだけで脂汗が滲み出る有様な上、フォークからトイレの扉まであらゆる物がとんでもない重さなので、所要時間も疲労の度合いもいつもの数倍だ。
 は唯一の女性ということで、贅沢にも一人に一部屋が割り当てられた。男たちは一部屋を三人で利用するよう言われたのだが、クラピカがレオリオと同室という点に露骨に嫌そうな顔をして本人にツッコミを入れられるという一幕があった。

 まだ装着してからほんの二、三時間しか経っていないにも関わらず、装備を全て外してベッドに横になると、無重力の空間に浮かんでいるかのような解放感を覚える。四人全員が深い眠りに落ちるのに、そう時間はかからなかった。

修行開始。