No.32 : Invader


 白骨化した男たちが巨大な手によって扉の外へ打ち捨てられたのは、悲鳴が聞こえてきてからすぐの出来事だった。それを見た観光客は恐れおののき、一目散にバスへと乗り込む。
「あなたたち何してるの、早く乗って!」
ドアから顔だけ出したガイドがゴンたちに向かって叫んだ。しかしエンジンをふかし今にも発車しそうなバスを前に、慌てた様子のない四人。
「あ、行っていいですよ。俺たちここに残るんで」
ゴンがあっけらかんと言い放った言葉にガイドは一瞬絶句するも、これ以上は危険と判断したのかすぐに顔を引っ込め、即座に車体の方向を転換したバスの姿はあっという間に見えなくなってしまった。

 観光バスを見送った四人は、ゾルディック家の守衛・ゼブロの案内で守衛室へと通された。そこは必要最低限の執務道具と茶器、椅子やテーブルが並ぶ簡素な小屋だった。
 芳しい緑茶の香りが鼻腔をくすぐる。ゼブロは人数分の茶を淹れ終わると、静かに急須を置き、そばにあった椅子に腰掛けた。
「なるほどねぇ、キルアぼっちゃんの友達ですかい」
噛みしめるようにそう言って微笑む彼は、まるでキルアの祖父であるかのようだった。
「嬉しいねぇ。あたしゃここに二十年勤めてるけど、友人と名乗る人が訪ねてきたのは初めてですよ」
ああいう連中は引っ切りなしにやって来るんですけどねぇ、と続けながらゼブロはゴミ箱に詰め込まれた白骨を指差した。肉片一つ残っていないそれは、つい先ほどまで門の前で粋がっていたあの二人組"だったもの"だ。
「ま、稀代の殺し屋一族だから仕方ないけど、因果な商売だよねぇ」
そう言ってゼブロは淹れたてのお茶を一口すすると、改めてゴンたちの方に向き直り、深く頭を下げた。
「いや、来てくれて嬉しいよ。ありがとう」
つられてもペコリとお辞儀をすると、ゼブロは愛おしそうに目を細めた。だが次の瞬間、彼の柔和な態度は一変する。
「しかし、君らを邸内に入れるわけには行かんのです」
ゼブロの目に宿る鋭い光に、は彼がゾルディック家に雇われるに至った理由の片鱗を見た。

 先ほど扉から出て来た巨大な腕の持ち主は、ミケという名の番犬なのだという。そしてそれは家族以外の命令は聞かないし懐かない。今も十年近く前に主人から出された「侵入者は全員咬み殺せ」という命令を忠実に守っているのだとゼブロは語った。
「あぁ」
ゼブロは思い出したように声を上げた。
「忠実じゃないわな食い殺してるから」
その直後、あっはっはと無邪気に笑うゼブロの声が守衛室を満たす。さすが殺し屋一家に仕えているだけあり、あのバスガイドとは別のベクトルで発言の内容とトーンが合っていないなとは密かに苦笑した。

「そんなわけで、君らを中に入れたくないんですよ。ぼっちゃんのお友達を骸骨にするわけにはいかないからねぇ」
申し訳なさそうにしているゼブロの言葉に嘘はなさそうだった。確かにそんな巨大で凶暴な犬と鉢合わせすれば命はないだろう。しかし彼の話にはいくつか疑問が残る。
「……ゼブロさん、なぜあなたは無事なんですか?」
クラピカの問いに、室内の空気がピンと張りつめた。
「あなたは中に入るんでしょう?  中に入る必要がないなら鍵を持つ必要もないですからね」
そして追い討ちのように投げかけられた鋭い指摘に、ゼブロは口の端を上げる。
「いいとこつくねぇ。半分当たりで半分はずれです」
そう言うと、ゼブロは上着の裏ポケットから鍵を取り出し目の前に掲げて見せた。チャリ、と金属音を立てて揺れたそれは、先ほど二人組に渡したものとよく似た形状をしていた。
「私は中に入るのに鍵は使いません。これは侵入者用の鍵なんですよ」
ここへやって来たならず者は十中八九、先の男らと同じようなルートを辿り、自ら白骨と化すという。この鍵はそのためだけに存在しているのだとゼブロは言った。

 本当の扉には鍵が掛けられていない――正門の真実を知った四人は再び邸内への入口に向かった。しかし今度は守衛室横の小さな木戸ではなく、見上げるだけでも困難なほど巨大な金属扉の前へ。
「よし。行くぜ」
そう言うと、腕まくりをして気合十分のレオリオは大きく深呼吸をした。そして扉に両手をつき、唸り声をあげながら、持てる全ての力を込める。浮き出た血管、噛み締める奥歯、滴る汗。しかし鈍色の両の扉はびくともしなかった。
「だぁっ! やっぱこれ鍵掛かってんじゃねえの!」
地面に倒れこんだレオリオが息も絶え絶えに毒づいた。すると後ろで様子を見ていたゼブロがゆっくりと扉へ歩み寄る。
「いいえ。ただ単に力が足りないんですよ」
そう言いながら上着を脱いだ彼の肉体は、初老男性のそれとは思えない程に鍛え上げられていた。

 扉の前にやって来たゼブロは静かに目を閉じ、深く深く息を吐いた。ただそれだけのはずなのに、はなぜか彼から言いようのない圧を感じ、一歩後ろへ後ずさった。
 そしてゼブロは開眼し扉に手をつくと、渾身の力を込めて前へ押し出した。立ち昇る汗の蒸気をまとった彼の体が、ゆっくりと進んでいく。扉が、確かに開いた。
 驚きに固まっている四人を背に、人一人が通れるほど開門させたところでゼブロはそれを中断した。その直後、重々しい音を立てながら、扉はあっという間に口を閉じてしまった。

力の違いを見せつけられた四人。