No.31 : Arrival


 パドキア共和国、デントラ地区。交通手段を空路から陸路へ移した四人は、蒸気機関車に揺られながらククルーマウンテンを目指していた。
 山々のあいだを縫うように進み、時折トンネルを突き抜けて走る。は開け放した窓から流れ込んでくる風の心地よさに目を細めた。
「あ!」
五つ目のトンネルを抜けた瞬間、は窓の外を指差して声を上げた。ゴンたちも一斉に窓に張り付く。
 山と山の隙間に、一際高くそびえ立つ大山が見えた。頂上付近は黒いもやに覆われており、明らかに他の山々とは異なり不気味な雰囲気を醸し出している。
「あれが暗殺一家のアジトか……いかにもって感じだな」
レオリオはそう言ってゴクリと唾を飲み込んだ。
「着いたらまずは周囲の聞き込みだ」
クラピカが目配せをすると、ゴン、レオリオ、の三人はしっかりと頷いた。

 汽車を降り、さっそく聞き込みを開始した四人だったが、有益な情報を得るのにほとんど時間は要さなかった。最初に話を伺った売店の女主人が、店のすぐ裏手にククルーマウンテン行きのバスツアーの発着所があると教えてくれたのだ。
 暗殺一家の住処と聞くと、その場所は謎に包まれていそうなものだが、ゾルディック家の場合はそうでもないらしい。所在を隠すどころか、地元なら知らない者はいないほどの観光名所として人気のスポットとなっていた。
 目的のバスツアーは一日一便のダイヤだったが、幸運にも出発時刻にはまだ余裕があった。四人はしばらく周辺で腹ごしらえも兼ねて時間をつぶした後、発着所にやってきたバスへ観光客と一緒に乗り込んだのだった。

 専属のバスガイドは、ボリュームのあるサーモンピンクの髪に少しつり気味の大きな瞳が印象的な美人だった。彼女は深々と丁寧に会釈をした後、マイク片手に早速ガイドを開始した。
 はガイドの説明に熱心に耳を傾けながら、窓の外の景色をじっと見つめていた。白い壁にカラフルな屋根の家がいくつも流れ、次第に建物の数はまばらになっていく。あの家庭環境からしてどれだけ外界に出られたのかはわからないが、この土地がキルアを育んだのかと思うと、なんとも感慨深いものがあった。

 発車してから三時間ほど進み、バスは城門様の塀の前で停車した。ガイドが皆に下車するよう告げ、前の席の者から順に車外へ降り立つ。間近に見る石壁と扉はその巨大さと重厚感から、えも言われぬ迫力をたたえていた。
「こちらがゾルディック家の正門となります。別名、黄泉への扉。入ったら最後、生きては戻れないとの理由からそう呼ばれております!」
扉の前ではしゃぎながら記念撮影をしている観光客を背に、ガイドは軽快な口調でそう語った。彼女の明るさと物騒な語句とがなんともミスマッチで、は思わず苦笑いを浮かべた。

 皆が遊び半分に扉を軽く叩いたり、門の全体像を写真に収めようと試行錯誤している間にも、ガイドは流れるように説明を続ける。この門から先は、樹海はもちろんククルーマウンテンも全て、ゾルディック家の敷地だということ。そして、彼らの顔写真にさえ一億近い懸賞金がかけられているというまことしやかな噂――。
「まじか! くっそー、キルアの顔写真撮っておくんだった!」
そう言って拳を握り締めるレオリオの足に、突然鈍い衝撃が走る。痛みに小さく声を上げ視線を落とすと、珍しくムッとした顔のがこちらを見上げていた。
「……オ、オレが悪かった。冗談だ」
レオリオは間髪入れず頭を下げた。今のはキルアのことに関して少々過敏になっているようだ。彼女の睨み自体にそれほど迫力はなかったが、本気で嫌われてしまうのは避けたい。しばらく不用意な発言はするまいと心に決めたレオリオだった。

 しかし、敷地内へ入ることを禁じられているとは、キルアの救出以前の問題だ。
「ねぇガイドさん」
解説の合間を縫ってゴンがガイドに声をかけた。振り返った彼女の顔には心からの穏やかな笑みが浮かんでいたが、ゴンが敷地内へ入る方法を尋ねた途端それは一変した。
「んー、坊や。私の説明聞いてました?」
明らかに内から滲み出る苛立ちを隠しながら、あくまで表面上はにこやかに取り繕っている。なおもゴンが食い下がると、彼女はいよいよ語気を荒げ、ここは殺し屋の隠れ家なのだと大声で忠告した。

「そんなのハッタリだろう」
突然投げかけられた野太い声に振り向くと、柄の悪そうな二人の男が武器を携えて立っていた。恰幅の良い金髪男と、黒髪を逆立てた中肉中背で目つきが悪い男。バスで最後部の座席を陣取り、浮かれた観光客が楽しげに語らう車内で明らかに異質な存在感を放っていた男たちだ。
「一族の顔を見たものは誰もいねぇって話だ。噂ばかりで実際は大したことねぇってのがオチよ」
そう言って男たちは門の脇にある守衛室へ無遠慮に足を踏み入れると、守衛を脅して鍵を奪い取り、すぐ側の扉から塀の中へと入って行った。
「大丈夫ですか?」
ゴンたちは尻餅をついた守衛に駆け寄り声をかける。彼は己の身に関しては大事ないことを告げると、ゆっくりと立ち上がった。そして尻を払いながら困ったように眉根を寄せる。
「参ったなぁ、またミケが食事以外の肉を食べちゃうよ」
ミケ? と四人が首を傾げた瞬間、塀の中から先ほどの男たちのものと思われる悲鳴が響き渡った。

門の前に到着。