No.30 : Tell


 眼下に流れる街の明かりを眺めながら、は深くため息をついた。ここに来るまではとにかく乗船時刻に間に合わせようと必死だったが、乗ってしまえば後はただ揺られながら待つだけだ。しかしそれが今のには辛い。一分一秒でも早くキルアの元へ向かいたいのに、運行予定通りにしか進まない飛行船、そしてその間なにもできない自分がもどかしい。

 四次試験で落ちたは、暴走し去っていくキルアを止めるどころか姿を見送ることさえできなかった。あのときプレートを集め切り、合格して、トーナメント会場に立ち会っていたらあるいは――そこまで考えてはぶんぶんと首を振った。終わってしまったことをとやかく考えても仕方がないのだ。

背後から声を掛けられ、はびくりと肩を震わせた。ゆっくり振り返ると、気遣うような笑みを浮かべたクラピカが立っていた。
「向こうの売店で売っていたんだが食べないか?」
クラピカはそう言うと、手に持っていたフライドポテトの包みを片方に手渡した。は礼を言って受け取り、さっそく一本つまんで頬張る。
「おいしい! たまにこういうの欲しくなるよね」
そう言って幸せそうに頬を緩ませるを見て、クラピカは安心したように小さく息を吐いた。そして彼女の横に腰掛けると、たわいもない話を交わしながら二人は穏やかな時間を過ごした。

 の手元の包みが空になったところで、クラピカは急に表情を引き締めた。その変化には首を傾げる。
の四次試験のターゲット」
そこで言葉を区切ると、の体がこわばった。あまりにわかりやすい彼女の反応に、思わず噴きだしそうになるのをこらえてクラピカは続ける。
「私だったのだろう?」
弾かれたように顔を上げたは、どうしてわかったの、と言いたげな表情をしていた。
「わかるさ。元々様子がおかしいとは思っていたが、私とだけ執拗に目を合わせないのが決定打だったな」
彼の言葉からするとおそらく、船上でキルアと話していたところも見られていたのだろう。上手くはぐらかしたつもりでいたのに全て筒抜けだった事実を知り、急に恥ずかしくなってきたは、熱を持った頬を隠すように俯いた。

 しばし沈黙の時が流れたのち、先に口を開いたのはクラピカだった。
「どうして、隠していた?」
落ち着いた、静かな語り口だった。責めるようなトーンでは決してなかったが、今のには耳が痛い。
「ごめんなさい」
そう言っては膝の上でぎゅっと拳を握った。
「クラピカの負担になりたくなかったの」
おそらくクラピカがターゲットであることを明かせば、それを渡せないという負い目から、代わりとなるプレート集めを手伝うという流れになっただろう。そしてそれは表向きは同盟という形だったとしても、互いの実力差から言って、一方的に助けられる側なのは確実だ。は自分が彼の合格の枷になるのは嫌だった。
「まぁ、一人で頑張りたかったのも本当なんだけどね」
取り繕ったような笑みを浮かべながらだったが、これもまたの本音だった。

「……それでも私は話してほしい」
クラピカはそう言うと、射抜くような眼差しでまっすぐにの瞳を見つめた。
「……助けはいらないとしても?」
「ああ」
の問いに間髪入れず、クラピカは答えた。今回のの選択は誤りだったようだ。確かに自分に置き換えてみると、隠されるより話してほしいと思えた。
「わかった」
はそう言い終わった瞬間、クラピカの肩の力が抜けたのに気づいた。彼の敷いた道筋通りに話が進んでいるようで、実は彼なりに心配もあったらしい。

 は、安心したように窓の外を眺めるクラピカの横顔をちらりと見上げた。月明かりに照らされた彼の横顔はあまりに綺麗で儚げで、油断しているとどこかに消えてしまいそうな感覚に陥る。目が離せない。
「クラピカも」
は心に浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。
「ちゃんと、話してね」
ゆっくりと振り向いたクラピカは困ったような笑顔を浮かべていたが、それでが引き下がらないとわかると、小さく息を吐いた。
「……ああ、約束する」
しっかりと目を見て言い切った彼の言葉に納得したは、ようやく満面の笑みを浮かべたのだった。

飛行船内での一幕。