No.29 : Departure


 ゴンがイルミから聞いた話によると、キルアはククルーマウンテンにある自宅に戻っているのではないかということだった。しかし四人の中でその地名に馴染みのある者はおらず、あとでネットを使って調べるということに決まった矢先。
「よう!」
聞き覚えのある、快活そうな声。
「あ、ハンゾー!」
レオリオの後方から歩いてくる坊主頭を見つけたは、ぴょんぴょんと飛び跳ねて大きく手を振った。
「……え、あれ。!?」
ハンゾーは驚き混じりにそう言うと、駆け足で四人の元へ現れた。ちょうどレオリオの姿で隠れてしまっていたに途中まで気づかなかったのだ。
「そうか、生きてたんだな……よかった。心配したぜ」
「うん、なんとか」
ハンゾーの言葉には苦笑いを浮かべた。合否云々の話よりも先に生死の心配をされるとは、やはり、あまり実力があるようには見られていなかったらしい。

「さて。オレは国に戻る」
ハンゾーの故郷はジャポンという小さな島国だ。は以前彼から聞いた数々の郷土料理を一瞬で鮮明に想像し、緩む口元を手の甲で隠した。
「お前らのおかげでなかなか楽しめたぜ。ありがとな」
「こちらこそ!」
ゴンが元気よく言った。腕の骨を折るほどの戦いだったにも関わらず、これほど和やかな会話ができるのはお互いの人柄の良さ故なのだろう。は二人の知り合いであることが急に誇らしくなった。
「もしオレの故郷に来る機会があったら連絡してくれ。超穴場の観光スポットに案内するぜぃ」
上機嫌にそう言うと、ハンゾーはポケットから小さな紙切れを取り出し、皆に手渡した。きっちり人数分用意されていたそれには、名前、所属、連絡先が記されていた。
「うまい飯屋もばっちり押さえてあるからな」
そう付け足した瞬間、の顔に喜色が浮かぶ。相変わらずの食い意地にハンゾーは笑みを零した。

「じゃあな!」
そう言ってひらひらと右手を上げて去っていくハンゾーは、やはり最後まで気のいい男だった。彼の背中が見えなくなると、改めて手元のカードに視線を落としたは瞳を輝かせた。
、名刺って初めてもらったかも」
ちょっぴり大人になった気分のだった。

「おい」
少しぶっきらぼうなこの声にも、は覚えがあった。四次試験の後半でしばらく行動を共にした青年、ポックルだ。彼は四人の前にやってくると、クラピカに向かって頭を下げた。
「さっきは感情的になってすまなかった」
「こちらこそ、非礼を詫びよう」
クラピカはポックルに頭を上げるよう促すと、自らも謝罪の言葉を口にした。どうやら先ほどの説明会でお互いの合否の正当性を巡って衝突してしまったらしい。しかしそれは一時の感情の昂りから来たもので、冷静になった今はもう、相手の合格についてとやかく言及する気はないようだ。

 お互いのわだかまりが解けたところで、ポックルは晴れ晴れとした表情でに向き直った。
「もう会うこともないかと思ってたけど、旅立つ前に顔を見られてよかった」
旅、という言葉にが首を傾げると、ポックルは帽子の向きを直しながら少しだけ胸を張って続けた。
「オレはこれから世界中を巡って、様々な未確認生物を探し出す幻獣ハンターになるつもりなんだ」
彼の瞳は少年のような輝きに満ちていた。は夢のスタート地点に立っている彼が無性に羨ましくなったが、それ以上に、応援したい気持ちの方が大きかった。
「先にこっちの世界で待ってるぜ」
「うん!」
二人はお互いに固い握手を交わした。
 洞窟で言い合ったことで、のプレートを奪ったことに対するポックルの負い目は無くなったようだった。己の力不足を痛感し、不合格という結果に心の底から納得しているにはその方が有り難かった。

 ポックルはメモを取り出すと、突然その場で何かを書き始めた。サラサラとペンを走らせる音が聞こえる。
「なにかあったら連絡してくれ」
そう言って四人の前に差し出されたメモ紙の中央に、走り書きのメールアドレスが記されていた。はメールを利用できる機器を何も持っていなかったが、今後もし手に入れた際は必ず連絡することに決めた。
「じゃあ、またな」
軽く右手を上げ去っていくポックルの背中に、は大きく手を振り返した。それを見ていたゴンも負けじと手を振る。クラピカとレオリオは、そんな彼らの様子を微笑ましそうに眺めていた。
「元気でね!」
「またねー!」
二人分の声が晴れ渡る青空に吸い込まれていった。

 それから四人はホテルのラウンジに場所を移し、パソコンの画面を覗き込んでいた。ここでは、宿泊者ならば備え付けのパソコンを自由に利用することが出来るのだ。
――ククルーマウンテン。パドキア共和国デントラ地区にある標高3722メートルの山。
 クラピカが検索結果を読み上げると、レオリオは苦々しげに眉根を寄せた。
「パドキア共和国か、知らねぇな」
対象範囲を広げたところで、誰一人として馴染みのない場所であることに変わりはなかった。クラピカは該当地域の地図を表示すると、画面上で赤く点滅する印を指差した。
「ここだ。……よかった、情勢は安定しているから一般観光客でも行けるらしい」
聞きなれない名前の未知の国とはいえ、ひとまず入国自体はできるという吉報に安心したは大きく息を吐いた。キルアの元まで一歩前進だと思うと、無意識に笑みが浮かぶ。
「それで、出発はいつにする?」
「今日!」
「今すぐ!」
クラピカが背後に問いかけた瞬間、ゴンとは食い気味に身を乗り出して叫ぶ。遠慮のない二人の大声は、広く静かなラウンジによく響いた。
「あぁ、異議なしだ」
レオリオも口の端を上げて同意する。クラピカは今にも駆け出していってしまいそうな二人の様子に噴きだしつつ、しかし自らのはやる気持ちも感じながら、飛行船の予約ボタンを押したのだった。

いざ、ククルーマウンテンへ。