No.28 : Confronting


 は人探しをしていた。キルア不合格の種を蒔いた張本人と話をつけなければ気が済まなかったからだ。すると、吹きさらしの廊下の柱に一人で寄りかかっている姿をみつけた。顔はトリックタワーで見たときとはまるで別人のものだったが、服装や体格には変化がないので間違いないだろう。
「イルミ!」
が偽名ではなく本名を口にし、しかも呼び捨てだったことに動じた様子もなく、イルミはつまらなさそうな顔を向けて寄越した。
「なにか用?」
無機質な冷たさはそのままに、以前よりも幾分クリアになった彼の声。針の有無は顔の造形だけでなく声にも影響するのだろう。骨格から作り変えていると考えれば納得がいく。
「あなた、キルアのお兄さんだったんだね」
「うん、そうだけど」
何の感情もこもっていない肯定が返ってくる。は精一杯の冷たい視線を向けたが、小娘の睨みに怯むような暗殺一家の長男ではなかった。
「……今度またキルアの意思を無視して自分の理想を押し付けたら、私はあなたを許さない」
「それ、さっきも似たようなこと言われたなぁ」
 イルミは悪びれた様子もなくそう言うと、腰に手を当てて小さくため息をついた。それを見たはムッとした顔になり、体の横にある拳を強く握りしめた。
「キルアはどこにいるの?」
にしては珍しく、いつになく早口だった。
「みんな人の家の事情に首突っ込むの好きだね」
表情にも声色にも一切変化はないはずなのに、なぜだか心底嫌そうな様子が見てとれる一言だった。

 イルミはゴンに同様の質問をされ、答えも伝えてあることを告げると、同じことを二度言うのは面倒だとばかりにそれ以上は口を開かなかった。
「……わかった。教えてくれてありがとう」
は律儀に礼を言うと、すぐに踵を返して駆け出した。

 次第に小さくなっていく彼女の背中を見送ると、イルミは横で興奮している奇術師にちらりと視線をやった。ヒソカは楽しさ半分、憎しみ半分の顔でイルミを見ていた。
「相変わらずボクにはビクビクしてるのに、なんでキミにはあんなに強気なんだろう。嫉妬しちゃうなぁ」
イルミは呆れたように小さく息を吐いた。
「オレにとっては邪魔な存在でしかないけどね。面倒なことになる前に、できれば早めに始末して――」
その瞬間、ねっとりとした殺気がイルミの身体を包み込んだ。イルミにここまでの威圧感を与えられる者はそう多くない。ヒソカの絡み付くような視線に気づいたイルミは「冗談だよ」とあっさり否定の言葉を口にした。
「……それで、これから君はどうするの?」
イルミの問いにヒソカの薄い唇は柔らかな弧を描く。そして目を細め、恍惚とした表情で宙に視線を彷徨わせた。
「待つよ。美味しい果実が実るまで……」

 説明会を終えて広場に出たクラピカたちが見たものは、信じられない光景だった。数日前に永遠の別れを覚悟した人物が、こちらに向かって手を振りながら駆け寄ってくる。
「クラピカー! レオリオー!」
ゼビル島で偶然再会して以来もう何日も聞いていなかった彼女の声に、胸の奥がじんわりと熱くなる。驚きのあまり間抜けに開きそうになる口を気合いで引き締め、クラピカは小さく手を振り返した。

 はあっという間に目の前までやってくると、弾む息を整える間も惜しいのか堰を切ったように口を開いた。
「キルアが、一人で、出て行っちゃったって、聞いて」
「そのことだが」
おろおろとした様子のの肩に手を置いたクラピカは、彼女を落ち着かせるべく、いつにも増してゆったりとした口調で話し始めた。
「これからキルアの行き先について調べようと思っていたところだ……ところで、」
、おまえなんでここに!?」
クラピカの言葉を遮り、レオリオが大音量で叫ぶ。クラピカは至極うるさそうに顔をしかめたが、言いたい内容は同じだったようで、そのままの答えを待った。が経緯を説明するとクラピカは思案顔で納得したように頷いた。

 しかしレオリオは腕を組みながら眉根を寄せている。
「まてよ……話がついたのが一昨日の昼前ってことは、もしかしてネテロ会長はこのことを知ってるくせにオレたちにあんな意味深な言い方を……」
「そうなるな」
レオリオの考察にクラピカが頷く。するとレオリオのこめかみがひくひくと痙攣した。
「ほんっと食えねぇジイさんだぜ」
そうぼやくと、レオリオは特大の溜息を吐いた。

 には二人の会話の半分ほどの意味しか理解できなかったが、少なくとも自分との再会を喜んでくれていることはわかる。そう考えると、にやける口元を抑えきれなかった。
「……へへ。みんなとまた会えて嬉しい」
が正直な気持ちを口にすると、それまで苛立ちに歪んでいたレオリオの表情は途端に柔らかくなった。
「ったく、この、心配させやがって」
レオリオはそう言うと、自分よりはるかに下にある小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でた。するとは髪が乱れるのも気にせずに、くすぐったそうに声を上げて笑った。

人をおちょくるのが好きなネテロ。