No.27 : Wish


 それはあまりに突拍子も無い発言だったが、長年一緒に居たキルアはわかる――この人ならやりかねない。
「殺し屋に友だちなんていらない」
そう言って右手の指の間に隠し武器を覗かせたイルミは、数歩進んだところで、あぁ、と残念そうな声を上げ立ち止まった。
「もう会うこともないだろうけど、キルに爪痕を残していったの存在も邪魔だなぁ」
その名前が出た途端、キルアの肩は再度びくりと震えた。だが幸い、彼女はこのホテルにはいない。キルアは内心、彼女が四次試験で落ちてくれていた事実に感謝した。
「まぁ、とりあえずはゴンか。彼はどこにいるの?」
そう言って再び会場の出口へと歩を進めるイルミ。試合中に外へ出ないよう警告する協会員に無数の針を飛ばし、力ずくで居場所を聞き出した彼は、いよいよゴンの命を断ちに向かおうとしていた。

 イルミの向かう先に、三人の影がかかる。クラピカ、レオリオ、ハンゾーが扉の前に立ち塞がっていた。
「まいったなぁ。彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃう」
ライセンスを取り損ねるわけにもいかないしなぁ、あぁ、いけない、それはゴンをやっても一緒かぁ――立ちはだかる三人を前に、イルミはブツブツと独り言を呟き始めた。先の読めない振る舞いに皆が唖然としていると、イルミは突然、何かを閃いたように拳と手のひらを打ち合わせた。
「そうだ、まず合格してからゴンを殺そう!」
無邪気な口調とは裏腹に、次の瞬間、彼を中心として禍々しい殺気が会場全体を包み込んでいく。イルミはこれから始める行為にルール上問題がないことを確認すると、部屋の中央で立ち尽くすキルアに向かって問い掛けた。
「ねぇ、キル。友だちのためにオレと戦えるかい?」
キルアの顔からはいよいよ血の気が失せていた。
「……なんてね。もうお前の中で結論は出ている」
図星だった。自分の力では兄を倒すことなどできない――ギタラクルがイルミの姿に戻った瞬間からずっと、キルアの頭の中に鳴り響いている警鐘がそう語っている。

 イルミの右腕がキルアの眼前にゆっくりと伸びてくる。
「動くな」
警戒したキルアが後ずさりをした瞬間、イルミはそう言って逃げ道を封じた。
「動けば戦闘開始とみなす。そして同じく、オレとお前の体が触れた瞬間から戦闘を開始する」
キルアは目の前で静止しているイルミの腕に焦点を当てたまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。これは音のないカウントダウンだ。

 ここでキルアが勝てば、しばらくはイルミの行動を最終試験のルールで縛っておくことができる。仕事に対してストイックな彼がライセンスを取り損ねるような真似はしないだろう、というある意味兄への信頼の上に成り立つゴンの身の安全。
 しかしキルアは動けなかった。勝ち目のない敵とは戦うな――幼い頃からことあるごとに言われ続けてきたその言葉が、今や彼の行動原理の柱となっていたからだ。

 イルミの指が徐々に近づいてきた。それに比例して、キルアの鼓動は早く、強くなっていく。遠くでレオリオが何か言っているような気がしたが、荒くなる呼吸と自分の脈動の音がうるさくて何も聞こえない。
「……参った。オレの負けだよ」

 結局、キルアにはこの道しか残されていなかった。なんとか絞り出した彼の声はか細く、震えていた。燃え尽きたように俯く彼の姿は、なんだかいつもよりも小さく見えた。
「はーよかった!」
思惑通りに事が運んだイルミは上機嫌で両手を合わせた。淀んだ空気に不似合いな小気味良い音が響く。
「これで戦闘解除だねぇ」
辺りに漂っていた絡みつくような殺気はいつの間にかきれいに霧散していた。
「はっはっは、嘘だよキル。ゴンを殺すなんて嘘さ」
そう言ってイルミはキルアの肩を優しく叩く。ほとんど表情を変えることなく声のトーンだけやけに明るいイルミの挙動は、どこか不気味だった。
「でもこれではっきりしたね」
イルミはキルアの頭に手を置くと、顔と顔を近づけ、耳元で何事かを囁いた。その一言一言に、キルアの目からは光が失われていく。そしてイルミが顔を離すと、そこには、魂を奪われてしまったかのように虚ろな表情を浮かべたキルアが立ち尽くしていた。

「――そのあとは抜け殻のようでした。レオリオ氏やクラピカ氏が何を言っても反応さえしませんでした」
サトツの語りを聞きながら、ゴンとは言葉を失っていた。服の裾を強く握りしめたの手は怒りに震えていた。
「そして次のレオリオ対ボドロの試合中。一瞬のことでした。キルア氏はボドロ氏を死に至らしめ――委員会は彼を不合格とみなしました」

 説明会に出席してイルミと話をつけてくると言うゴンを見送り、サトツと別れ、は一人、広間のベンチに腰掛けていた。目を閉じて最終試験でのキルアのことを思うと、胸が締め付けられるようだった。
――もう一度に会いたい。
 彼が口にした願いは、の中にあるそれと同じものだった。キルアに会いたい。彼との繋がりをこれで終わりにしたくない。
 そのためならなんだってしてみせると、は一人密かに誓いを立てたのだった。

キルアへの想い。