No.25 : Unexpected


 はベッド横の椅子に腰掛けると、眠っているゴンの体を改めて観察した。処置方法から見て、左腕は折れている。そして包帯の巻かれていない部分にも、無数の擦り傷や青あざが見えた。――自分が部屋にこもっているあいだにどれだけの死闘が繰り広げられていたのだろう。
 キルアが失格になったというのも、最終試験のルールの詳細を知らないうえ、その経緯を聞かされていないには謎でしかない。彼の力を間近で見てきたには、彼が落ちるなんて、何か事件があったとしか思えなかった。

 ゴンが勢いよく飛び起きると、目に飛び込んできたのはホテルの自室だった。長い階段をのぼった先に探し求めていた人物を見つけた途端、足元が崩れ落ちていった――先ほどの出来事は夢だったのだと、一瞬で理解した。
「ゴン!」
名を呼ばれたかと思うと、突然体に圧迫感を感じた。
「っ、!?」
ここには居ないはずの人物が自分に抱きついている。ゴンは何度かそれを見下ろしてみるが、いつまで経っても姿が消える様子はない。
「オレまだ夢みてるのかなぁ」
ベタだが頬をつねってみる、痛い。
「あはは、は本物だよ」
は笑いながらそう言って体を離した。ゴンが彼女と最後に会話したのは、トリックタワー脱出後の数分間だ。久しぶりに聞くの声は、まだ少し慣れなくてくすぐったい。

 ハンター試験が終わったら、父親よりもまず先に探し出してみせようと考えていたのに、何もせずとも叶ってしまった再会。そのあまりの呆気なさに、感動するというよりも、なんだか笑いがこみ上げてくる。そして、それと同時に沸いた疑問。
、どうやってここまで来たの?」
ゴンの問いに、はえへへーと笑った。
「ハンター協会の人に試験会場の場所を聞いたら、ここまで連れてきてもらえたんだ」
そんなことができるんだ、とゴンは思った。しかし、裏でメンチの助けがあったのだというの説明を聞くと、なんとなく納得がいった。彼女の二次試験での成績と印象値は、友達という贔屓目無しで見ても明らかに抜きん出ていた。

「そういえばなんでオレここにいるんだっけ……」
未だふわふわとした様子でゴンは辺りを見回した。先ほどまでハンゾーと戦っていたはずなのに、いつの間にか自室に戻っている。なにより、彼との掛け合いの途中からの記憶が無い。
「ハンゾーのアッパーで気絶しちゃったんだって。丸一日寝てたんだよ」
そう言ってはゴンの顎を指さした。本人からは見えないが、くっきりとあざが残っている。ゴンは他にも体に違和感を覚え視線を落とすと、包帯を巻かれた左腕が三角巾で釣られていた。それによく考えると、体中のそこかしこが痛い。
「……、もしかして看病してくれてたの?」
ゴンの言葉に、は首を横に振った。
「ううん、はただ横に居ただけ。それより、」
は改まった様子で間を置き、続けた。
「ハンター試験合格、おめでとう」
ハンゾーはゴンを殴り飛ばしたあと、自ら「参った」と宣言し負けを認めたのだとは言った。しかし、積年の夢が叶ったというのにゴンの表情は暗い。
「あ、りがとう。でもそのことだけど、オレ……」
「だめですよ」
ゴンが何かを言いかけたところで、部屋のドアが突然開いた。そこには一次試験の試験官サトツが、相変わらずの無表情で立っていた。

 サトツはベッド脇まで音もなく歩いてくると、もう一つの椅子に腰をかけて続けた。
「不合格者が何を言っても合格できないのと同じく、合格した者を不合格にすることもできません」
「でも……」
なおも引き下がろうとするゴンを制すように、サトツは静かに右手を上げた。そしてゴンが口を閉じたのを確認すると、左手に持っていた黒く薄いファイルの表紙を開く。大きく余白が設けられたページの中央に、飾り気のない小さなカードが一枚収まっていた。ハンターライセンスだ。
「あとは君しだいですよ。自分の合格に不満があるなら、納得できる時が来るまで封印しておけばいい。君にはそれができるはずです」
そう言うとサトツはライセンスを外し、ゴンへと差し出す。しばらく無音の時が流れた。

 しかし先ほどサトツが言ったように、いくら渋ろうとも合否が変わることはないのだ。ついに観念したゴンは、それを大事そうに受け取った。
「……うん。今までいろんな人にいっぱいお世話になったからね。その恩を返し終わってから使うことにするよ」
そんなゴンの言葉を聞き、サトツは小さく息を吐いた。表情こそ変わらないものの、ライセンスを突っぱねられなかったことに安心したのだ。
「ところで試験はどうなったの?」
ライセンスをしまいこみながらゴンが問う。丸一日寝ていたということは、その間にかなり進行しているはずだ。
「試験は昨日のうちに終了しました」
サトツが淡々と答えた。試験終了、ということは。
「誰が落ちたの?」
ゴンの問いに、先ほどから黙ったままのの表情が曇る。しかし、じっとサトツの顔を見つめて返事を待つゴンはそのことに気づかない。
 いくら感情を露わにしないといっても、サトツにも憐情はある。ゴンに対しそれを口に出すのは心苦しかったのだろう、答えるまでに暫し間があった。
「……キルア氏です」

 ゴンはガツンと後頭部を殴られたような衝撃を感じた。サトツの言葉があまりに予想外で、脳はなかなかそれを受け入れようとしない。
「キルアが、なんで」
出てきた声は自分でも驚くほど震えていた。いつでも、どんな試験でも余裕綽々だった彼が――彼だけが脱落するなんて、ゴンにはまるで信じられなかった。
「その前に、君が気を失った後から順に説明しましょう。その方が理解しやすいと思いますから」
サトツはゴンとの視線を浴びながら、トーナメントであった出来事を一つ一つ、順を追って説明し始めたのだった。

珍しくゴンと。