No.21 : Unlucky


 キルアと別れた翌日、はスタート地点付近に来ていた。森の中を闇雲に歩き回るよりも他の参加者と出会える確率が高いだろうという考えからだ。
 以前のならば、ここまで積極的に他者との遭遇を望むことはなかった。しかし己の力で一点を手に入れた成功経験と、クラピカの力になりたい、ゴンのようになりたい、キルアの横に並びたいという思いから、恐怖心よりも挑戦心が勝ったのだった。

 薪に火をつけると、少し離れたところにある木の上に身を潜め、気配を断つ。
 は、既に六点分集めきった者たちそのものではなく、そんな彼らを対象とし、自分と同じように未だプレートを求めて彷徨っている者を狙っていた。その方が、太刀打ちできないような強敵とあたる可能性が低いと踏んだからだ。
 前者はほとんど合格が約束されているようなものだ。わざわざ無駄に危険を伴うようなことはしないだろう。となると、この焚き火の主を狙って様子を伺いにくるのはおそらく後者。

 一人の受験者が足音もなく現れた。赤鼻で目つきの悪い、中肉中背の男。しかし焚き火の周りに誰もいないことを知ると、男は近くの茂みに身を潜めてしまった。焚き火の主は外出中だと踏んで、待ち伏せをするつもりなのだろう。は覚悟を決めてフライパンを握りしめると、勢いよく木の枝から飛び降りた。
 特注のフライパンが何かを捉えた感触、それと同時に派手な金属音が森中に響いた。うめき声をあげながら、男が茂みから飛び出す。煙に音、早く終わらせなければ、また別の受験者がやってきてしまう――は間髪入れず駆け寄り、男の頭に追撃を食らわせた。最初の一撃が効いているのか、男は避けようとする素振りさえ見せず、それをもろに受けて倒れた。
 は男が呼吸をしていることを確認すると、安堵の息を吐いた。そしてカバンの中を漁る。指先に固く丸い物の存在を感じたところで、左肩に刺すような痛み。途端、そこを中心として燃えるような熱が身体中へ広がった。プレートが指からすり抜け、鞄ごと音をたてて地面に落ちる。そして世界が反転したかと思うと、目の前の景色がゆっくりと黒く塗りつぶされていったのだった。

 全身の重だるい倦怠感と、左肩の痛みでは目を開けた。すると視界いっぱいに広がる土壁。こんな場所、知っていただろうか。
「目が覚めたか?」
声のした方を見ると、紫色の帽子をかぶった青年が壁を背にして座っていた。そして彼の横に立てかけられた弓と矢筒。相変わらず力の入らない手足。その瞬間、の中で全ての点が繋がった。
 赤鼻の男を仕留めた喜びで油断していた自分は、この男に麻痺毒付きの弓矢で気絶させられてしまったのだ。
「あなた誰? なんでこんなところに?」
奇跡的にも口はしっかり働くようで、いつもと変わらない声が出た。男は改めてこちらに向き直った。
「オレはポックル。アンタがさっき仕留めた男はオレのターゲットだったんだ。だから試験終了時刻までこの洞窟で、」
「そうじゃなくて、なぜもここに?」

 の読みは当たっていた。しかし、六点ぶんのプレートが揃ったならばもう用はないはずなのに、なぜ自分もここに連れてこられているのかという新たな疑問がの中に生まれた。すると男はバツの悪そうな顔をして、肩をすくめた。
「受験者の中に下衆な奴がいないとも限らないから、ついでにね」
げすな、やつ。ポックルが言っていることの意味がすぐには理解できず、は困惑の表情を浮かべた。
「その毒は完全に抜けきるのに二日ほどかかる。動けない女性が野ざらしにされてたら色々と危ないだろ」
まぁ、射ったのはオレなんだけどね。そう言ってポックルは苦笑いを浮かべた。ようやく事を理解したは、珍しく女性扱いされたことに少しだけ照れくささを感じつつ、それを隠すようにふんわりと微笑んだ。
「ありがとう。優しいんだね、ポックルさん」

 その言葉にポックルは目を丸くする。
「優しい? オレがプレートを横取りしなきゃ、アンタは合格できてたんだぜ」
ポックルはそう言うと、鞄の中から二枚のプレートを取り出した。105番と34番。先ほどの赤鼻男は自分のプレートの他に、もう一枚所持していたらしい。
「う……それは悔しいけど、そういう試験だから」
それにあの人が二枚持ってるなんて知らなかったし、とは続けた。いつのまにか相手のフォローをしている。
「運も実力のうちって言うぜ」
ポックルも負けていない。しかしは気づいてしまった。
「でも後で奪られちゃうなんて逆に運ない気が……」
「まぁ、たしかにそうか」
自分で言った言葉にショックを受け、ポックルの反応が追い打ちになったは、それからしばらく呆然と虚空を見つめていた。

「そういえばアンタ、名前は?」
目の前でせわしなく表情を変えるを眺めながら、ポックルはふと浮かんだ疑問を口にした。するとは、空に彷徨わせていた視線をポックルに向ける。
っていいます」
そう言い終わるか否か、猫の悲しげな鳴き声が洞窟内に響く。その直後、の頬がじわじわと赤くなっていくのをポックルは見逃さなかった。
「腹が減ってるのか?」
「……はい」
は気まずそうに答えた。するとその直後、駄目押しでもう一鳴き。ポックルは大きなため息を吐くと、何か食べるものは持っているのかと尋ねた。
「あ、鞄の中に飴が」
が本当に食べたいものは肉や魚だったが、試験終了時刻まで隠れていようとしている者に狩りを頼むのも悪い気がして、非常食で妥協したのだった。

 ポックルは立ち上がり、の鞄の中から飴入りの袋を取り出したところで突然動きを止めた。嫌な汗がダラダラと流れる。
「ちょっとまて。手が動かないってことはまさか」
「口までお願いします」
やっぱり。ポックルは大きく深呼吸をすると、ほんの少しだけ早くなった脈拍を無理やり気にしないことにして、包み紙から飴を取り出し、の口の中に押し込んだ。もはや半分やけくそだ。
「……おいしい。ありがとう」
ふにゃっとした幸せそうな笑顔を向けられて、彼女を拾ったことに対する後悔が少しだけ薄れたような気がしたポックルだった。

あと一歩のところで新たな出会い。