No.20 : Pause


 キルアは先ほど手に入れたばかりのプレートを玩びながら、森の中をあてもなく歩いていた。
(あーあ、暇だなー)
キルアのターゲットは何の張り合いもない男だった。子どもだからとこちらを下に見ていたかと思えば、少し脅しただけで戦いもせずプレートを渡してくる始末。途中から乱入してきた兄二人も、揃いも揃って似たような調子だったので、キルアはちょっとした意地悪として不要なプレートを遥か遠くへぶん投げてやった。しかしそれでも全然満たされた気がしない。
(ゴンのやつ何してるかなー)
ゴンのターゲットはあのヒソカだ。さすがに現時点でプレート奪取とはいかないだろうが、それでも何か突破口は見出せただろうか。彼はキルアにとって、絶対に落ちて欲しくない者のうちの一人だった。
(それにも)
彼女ならきっと一緒に居るだけで退屈しない。船での様子がおかしかったのも気掛かりだ。キルアはどこからか彼女がひょっこり顔を出すことを空想したところで、大きくため息を吐いた。

 四日間歩き続けてヘナチョコ三兄弟とハゲ――草陰に隠れてこちらの様子を伺っていた――にしか遭遇しなかったのに、お目当の人物にばったり会うなんて、何かと引きの悪い自分にそんなことが起こるわけが。
「ないな」
「なにが?」
「っおわぁ!」
驚きすぎてプレートを取り落としそうになる。妙な声を出してしまったキルアは少しの恥ずかしさを感じながら、突然目の前に現れた人物をまじまじと眺めた。
 偶然見つけたうさぎとの距離を詰めている最中に、これまた偶然キルアを発見したのだとは言った。つまりは狩りの真っ最中。なるほど、どおりで気配に気づかなかったわけだ。

 二人は木の枝に横並びに座った。の食材探しの探索はひとまず中断。キルアに会えたことは、にとっても嬉しいハプニングだった。
「キルアはプレート集まった?」
「あぁ。ついさっき」
キルアはそう言って二枚のプレートをの目の前に差し出した。が「さすがキルア……」と言って惚けているのを見るのはなんだか気分が良い。
「そっちは?」
キルアの問いに、は気まずそうに首を振る。
はまだ……」
それを聞いてキルアはこっそり後悔した。まさか会えるとは思っていなかったので、先ほど余分なプレートを思いっきり投げ飛ばしてしまった。探すとしても、今から時間いっぱい歩き回ったって見つかるかどうかわからない。

 後ろめたさから、キルアはにある提案をした。
「前にも聞いたけど、ターゲット誰? オレが代わりに獲ってきてやるよ、暇だし」
それを聞いたは少しだけ悲しげな顔をして、視線を地面に落とした。やっぱり言いたくないのか、とキルアが短く息を吐いた時。
「……クラピカ」
が蚊の鳴くような声で言った。

「あー……」
なるほどな、とキルアは思った。船でのの様子から、あの三人のうちの誰かかなと薄々考えてはいたが。
「ゴンもそうだけど、ほんっとお前らクジ運ねーな」
「……ゴン?」
船の上で他人とまともに会話を交わしていないは、キルアの言葉に首をかしげた。
「あいつのターゲット、ヒソカだってさ」
「ええっ!」
は驚きすぎて木の枝から落ちそうになり、慌てて体勢を持ち直した。今となってはトランプで一緒に遊ぶような仲だが、彼のことを心のどこかではまだ怖いと思っている自分がいる。もし彼と戦えと言われたら、クラピカとは違う意味で全力で遠慮したいとは思った。けれどもゴンは、逃げずに挑戦するつもりだとキルアに宣言したという。

「そういえば、ターゲットのこと本人には言ったのか?」
キルアの問いには首を横に振った。
「ううん。二日目に偶然クラピカに会ったんだけど……彼の道を邪魔したくないなぁと思うと言えなかった」
するとキルアは腕を組み、うーんと唸った。キルアには、クラピカに対してそこまで入れ込むの感覚が理解出来なかった。だが、もしそれがゴンやだったらと想像すると急にストンと腑に落ちた気がした。――ターゲットであることを隠すほど気を遣うかは分からないけれど。
「……そんなもんか」
一人納得したような声を漏らすキルアを横目に、は自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。
「それにターゲットを狙わなくても合格はできるし!」
そう言っては、二日目に猿使いから奪ったプレートを鞄から取り出し、得意げに掲げた。
「お。自力で倒したのか!」
まるで自分の事のように、キルアの顔に喜色が広がる。それを見てもニッコリと笑った。
「うん! ……倒してはないけどね」
肉の気配がしたから捕まえたらその猿、受験者の相棒でね――プレート奪取の経緯を興奮気味に話す。その内容のあまりの彼女らしさにキルアは吹き出し、しばらく笑いが収まることはなかった。

 にとってキルアと一緒に過ごす時間はとても楽しく、居心地が良かった。そしてそれはキルアも同じで、試験中にもかかわらず、この時間がずっと続けばいいとさえ思った。しかし別れの時はすぐに訪れた。
「そろそろ行こうかな」
終止符を打ったのはの一言だった。
「……いいのか?」
あと三日もないのに、手伝わなくて。そんな意味の込められた言葉だった。だが心配げなキルアをよそに、本人の顔はどこか晴れ晴れとしている。
「うん。最初は合格することが目的だったけど、今は良い修行の場だと思うことにした!」
もちろんまだ諦めたわけじゃないけどね、と続けては笑った。その笑顔があまりに綺麗で、これ以上踏み込んではいけないような感覚に陥る。キルアは喉まで出かかった余計な言葉を無理やり飲み込み、枝から勢いよく飛び降りた。
「ばいばい、キルア。会えて嬉しかった!」
そう上から降ってくる挨拶に、視線も向けずひらひらと手を振る。ややあって、さすがに無言はまずいかと思い咄嗟に口を開いたキルアだったが、どうにも調子が悪く、じゃーな、という何のひねりもない言葉しか出てこなかった。

予想外の再会。そしてまた一人へ。