No.18 : Get


 島に降り立ったは、森に入るや否や、全速力で木々の間を駆け抜けていた。現在残っている受験者たちの中での自分の立ち位置を考えると、安易に他人と鉢合わせするのは避けるべきだ。となると、島の入り口周辺には長居しないほうがいい。
 しばらく行くと、は小川を見つけた。人の手の入っていない無人島ということもあり、川底がくっきり見えるほどの清流だ。浅瀬に魚の姿がちらほらと見える。
 トリックタワーに降り立ってから三日間、持っていた非常食だけで食いつないでいたは、途端に食事モードのスイッチが入った。靴を脱いでザブザブと川へ入り、あっという間に数匹の魚をつかまえる。しかし岸から上がると、その場で食すことはせず、靴を履いて再び走り出した。水源の近くに居ては他の受験者たちと遭遇する可能性が高いからだ。

 それからまたしばらく行くと、潜むのにおあつらえ向きの場所を見つけた。木の根元の土が抉れて洞穴のようになっており、人ひとりくらいならゆうに隠れられそうだ。この場所をとりあえずの拠点に決めたは手早く火を起こして魚を焼き、あっという間にすべて平らげた。そして魚の骨と焚き火の後片付けを済ませると、穴の中に潜り込み、その日は奇襲のための待ち伏せも兼ねて一日をそこで過ごしたのだった。

 次の日の朝、何者かの気配では目を覚ました。息を潜ませ、意識を鼻と耳に集中させる。
 ――肉だ!は驚くべきスピードで穴から飛び出すと、獲物めがけて飛びかかった。その直後、猿の苦しげな鳴き声が森に響き渡る。辺りの枝にとまっていた小鳥たちが驚いて飛び立っていった。
「どうしたカムリ!」
遠くから、おそらくこの猿のものであろう名を呼ぶ声がした。そういえば残っている受験者の中に、猿と行動を共にしている男がいたような。は猿にトドメをさすのをやめ、声のした方に向き直った。

 血相を変えた男がこちらに走ってくるのが見える。やってきた男の体躯はひどく華奢で、先ほど捕まえたこの猿の風貌とそっくりだった。は、いける、と確信した。
「動くな!」
は精一杯の鋭い声色でそう言うと、鷲掴みにした猿の細い体を男の方へ突き出した。男が足を止め、息を飲んだのが見えた。
「この猿を殺されたくなかったらプレートを置いて立ち去りなさい」
はそう言って、持っていたナイフを猿の喉元に近づけた。猿は必死に抵抗しているが、爪も歯も届かないこの掴み方ではそれは全く意味を成さない。
 男は脂汗を流しながらしばらくじっとしていた。しかし暴れる猿の肌が今にも切っ先に触れそうになっていることに気づき、とうとう観念したのかポケットの中からプレートを取り出し、こちらに投げてよこした。
「こ、これでいいだろ? カムリを放してくれ……」
そう言って弱々しげにこうべを垂れる男の姿を見て、は心がチクリと痛んだ。ナイフを口に咥え、空いた左手で足元のプレートを鞄にしまう。そして一呼吸置いて、残りの右手を開いた。猿は着地後一目散に男の元へと駆け寄り、そのまま二人は森の奥へと消えていった。

 二日で一枚のペースならば、ターゲットという存在を無視してもなんとかなりそうだ。少し心に余裕が出てきたは、数日ぶりに体を洗いに川へと赴いた。
 やって来たのは、昨日魚をとったところよりもう少し上流。わずかに流れが早く、水の深さは腰の下ほど。無防備な姿をあまり長時間晒したくはないので、できるだけ手早く済ませる。そして岸に上がって服を着ようとしたところで、遠くの茂みがガサガサと揺れた。久しぶりの入浴の心地良さに気をとられて一瞬警戒を怠ってしまったのが悪かったか――は後悔しつつ急いで服を回収しようとするが、時既に遅かった。
……!」
駆け足でこちらに向かってきていたその人物と、ばったり鉢合わせしてしまったのだった。

 川から離れた場所で火を囲む。は薪を追加し、串に刺した魚の向きを反転させた。
「本当にすまない……」
クラピカは本日何度目かの謝罪の言葉を口にした。
は平気だから。気にしないで」
今にも土下座を始めてしまいそうな彼を右手で制すと、は困ったように笑った。濡れた髪から落ちた雫が鎖骨を伝い、服の中に消えていく。今日のがやけに大人に見えるのは、前に比べてどこか影を感じさせるからだろうか。それとも先ほど偶然見てしまったあの姿のせいだろうか。
(……何を思い出しているんだ私は)
クラピカは己の低俗さに顔を覆い、ため息をついた。
「クラピカは、」
パチパチと薪が爆ぜる様を見つめながら、が静かに口を開いた。
「どうしてハンターを目指してるの?」
クラピカはその言葉をトリガーに、あの日の出来事が胸の内を黒く塗りつぶしていくのを感じた。

見ちゃったクラピカ。