No.16 : Pray


 ヒソカに対し若干の苦手意識は残しつつも、逃げ隠れせず面と向かって会話することができるようになったは、彼の誘いでトランプ遊びに参加することとなった。
「人数は多い方が楽しいからね」
という理由らしい。
 ギタラクルはというと、たまにカタカタと顔を揺らすくらいで言葉を発することは一度もなかった。しかしヒソカの絶妙なアシストもありゲームは滞りなく進む。どうやら二人は旧知の仲のようだった。

 有名なゲームを一通り飽きるまで遊び尽くしたところで、部屋にある数多の入り口のうちの一つから何者かが姿を現した。見覚えのある、つるつるの坊主頭。
「ハンゾー!」
ちょうど決着がついたばかりの手札を置いて、は彼の元へ駆け寄った。急に名を呼ばれて驚きに目を見開いたハンゾーだったが、瞳が声の主を捉えた瞬間、満面に喜色が広がる。二人は互いに右手を打ち合わせ、笑い合った。
「もうゴールしてたのか、早いな。……それにしても」
ハンゾーはの遥か後方、ヒソカとギタラクルに視線を滑らせると、困ったような笑みを浮かべて続けた。
「おまえよくあんなメンツと一緒に居られたな」
確かに彼らの不気味さは、変わり者揃いの参加者達の中でも特に強烈だった。見たこともない肌の色をした顔中ピンまみれの男と、不敵な笑いを浮かべつつ殺人を楽しむ変態奇術師。絶対に近づきたくない二人組だ。
「ヒソカが何もしないって言ってくれたから」
「それって信用していいもんなのか……」
の能天気さに頭痛がしてきそうなハンゾーだった。

 ハンゾーは横で丸まって眠っているの姿をチラリと見やり、小さく長い息を吐いた。
 あの後、から「一緒にトランプやろうよ」との誘いを受けたハンゾーだったが、どうにもあの面々と過ごすのは億劫だったので首を横に振った。すると彼女は二人に話をつけ、こちらに戻ってきた。
「ちょうどいい機会だから休憩しようかなって」
それはいいが、なぜこちらに……? そう思ったハンゾーだったが口には出さないでおいた。思いがけず野良犬に懐かれてしまったような感覚。しかし嫌な気はしなかった。
 彼女と居ると、ここが試験会場だということをつい忘れそうになってしまう。心地いい湯船にずっと浸かっていたいと思ってしまう。ハンゾーは雑念を頭から消し去るように首を振ると、日課である自己鍛錬を開始した。

 それから幾度となく受験者たちがこの部屋にたどり着いたが、その中にが再会を最も切望する者たちの姿はなかった。最初は明るく振舞っていたも、終了時刻が近づくにつれて次第に表情に陰りが出てきた。
「ボーッとしてると落とすぜ」
ハンゾーの言葉にハッと意識を取り戻したは、手に持っていたチョコレートの欠片を慌てて口の中へ放り込んだ。残り時間を表示するモニターの数字を眺めながら、いつのまにか意識をどこかに飛ばしてしまっていた。
「うまそうだな、それ。オレにも一つくれないか?」
ハンゾーはそう言って手を差し出した。
「あ、うん」
そう返事をするが早いか、の右手はハンゾーのそれを飛び越え、直接彼の口元へ。ハンゾーは突然口内に感じた強烈な甘さに驚きつつ、跳ねる心臓を無理やり押さえ込んだ。忍者たるもの感情をむやみに表へ出すべからず。

 はというと、そんなハンゾーの苦悩も知らず、再び視線をモニターと部屋の出入り口に彷徨わせていた。
 その時、たちが座っている場所からそう遠くないところにある石の扉がゆっくりと開いた。途端、の表情がパアッと明るくなる。しかしそこから姿を現したのは、見たこともない満身創痍の男だった。
 男はフラフラとした足取りで部屋の中央までたどり着くと、その場に崩れるようにこと切れた。
「馬鹿なやつだ。死んで合格するより、生きて再挑戦すればいいものを」
そんな嘲りの言葉がどこからか聞こえ、は唇を噛み締めた。試験中に命を落とす者など今まで数え切れないほど見てきたが、今回ばかりは他人事だとは思えなかった。

 は再びモニターに視線を移した。残り時間は一分。それまでにこの部屋にたどり着けなければ問答無用で失格となる。いや、失格ならまだいい。でも、もし命が奪われでもしていたら――。は祈るように俯き、ぎゅっと目を瞑った。

「……
ハンゾーに肩を叩かれ、は反射的に顔を上げた。何かがものすごい勢いで転がっているような音が聞こえた。どんどんこちらに近づいてくる。
 石の扉が重い音を響かせて口を開いた。その直後に飛び出てきたのは、がずっと再会を願ってやまなかった者たち。スピーカーから、淡々と彼らの名前とクリアタイムが順に読み上げられる。
「みんな!」
は広げていた荷物を回収することも忘れて駆け出した。いち早くこちらに気づいたゴンが大きく両手を振ってくれる。キルアの口元が緩く弧を描き、クラピカは安堵の表情を浮かべ、レオリオは白い歯を見せて笑った。
!」
皆が口々にの名を呼ぶ。が嬉しさのあまりそのままの勢いで先頭のゴンとキルアに飛びついたものだから、三人はゴロゴロと地面に転がった。
「いってー。お前ほんと突進好きだな」
したたかに背中を打ち付けたキルアがそうぼやいた。言葉とは裏腹に、顔には嬉しさが滲み出ている。そのとき、ゴンは自分の腕に雫が伝う感触にハッとした。
「あれ、もしかして泣いてる?」
ゴンの言葉に肩をビクリと震わせたは、服の袖でゴシゴシと目元を擦り、顔を上げた。
「……みんな無事でよかった」
そう言っては皆の顔を見回した。彼女は精一杯の強がりで笑顔を作っていたが、鼻声までは隠しきれていなかった。そのときゴンたち四人は、本当に間に合ってよかったと、改めて三次試験合格の喜びを噛み締めたのだった。

トンパは眼中になし。