No.14 : Leave


 夜が明け、たちを乗せた飛行船は目的地へと差し掛かった。木々に覆われた地平線から太陽がゆっくりと顔を見せ始め、空が曙色に塗り替えられていく。
 は窓から差し込む朝日の眩しさで目覚めた。完全に開ききらない目をこすりながら横を見ると、キルアは未だ夢の中にいた。せっかくなのでしばらく寝顔を眺めてみることにした、のも束の間、閉じられていたキルアの両の目がゆっくりと開く。
「おはようキルア」
がすかさずあいさつすると、キルアが欠伸をしながら起き上がった。
「ふぁ……おはよ」
まだ眠気が残っているのか、なんだか纏う空気がふわふわとしている。昨日の鋭く冷たい雰囲気の彼と同一人物とは思えない。
「そういえば、ゴンはどうなったかな」
そう言っては立ち上がった。

 昨夜「わしからボールを奪うことができればハンターライセンスをやろう」と言うネテロ会長のゲームに乗ったゴンとキルアは、しばらく二人で挑戦を続けていた。しかしそれに熱くなるあまり自己のリミッターが外れることを危惧したキルアは、途中でそのゲームから降りることにしたのだ。男たちに簡単に逆上してしまったのも、その名残りらしい。寝る前にキルアから聞いた話だ。
「あの様子じゃまだボールは取れてないだろうけど」
キルアが部屋を出る時点で、右手と左足をほとんど使われていなかったというのだから、そこから一晩で、しかも一人でクリアまで到達しているとは考え難い。
「今ごろ疲れてその場で寝ちゃってたりして」
「あー、ありえるな」
の言葉に、キルアが納得する。二人は顔を見合わせると、ホールへ向かった。

「みなさま、大変長らくお待たせ致しました。この飛行船はまもなく試験会場に到着致します」
そこかしこに設置してあるスピーカーからアナウンスが鳴り響く。部屋の真ん中で大の字になって眠っていたゴンにとっては、その放送が目覚ましだった。
「あ、起きた」
「ゴン、おはよー」
入口の横の壁に寄りかかっていたキルアとがゴンの起床に気づいて声をかけた。ゴンは勢いよく飛び起きると、二人の元へ明るい顔で駆け寄った。
「キルア、! おはよう!」
熟睡して疲れが完璧に取れたのか、足取りは軽い。
「ねぇ聞いて! オレ、ネテロさんに両手両足使わせられたんだ!」
二人の目の前まで来たゴンはそう言って得意げに笑った。ゲームの本当の課題はネテロからボールを奪うことだったはずだが、彼にとってはこの結果で充分のようだ。
「目的変わってるし」
キルアも、つっこみを入れながらも少し嬉しそうだ。
「経緯はキルアに聞いたよ。おめでとう」
が賞賛を口にすると、ゴンは照れ笑いを浮かべた。
 ハンターライセンスはたしかに欲しかったし、ネテロとの勝負に負けことは悔しい。けれど、今ここで自分だけ合格したとしたら、キルアやたちとの冒険はそこで終わってしまう。結果的にはボールが取れなくてよかったかもなと思うゴンであった。

 地面から空へ向かって円柱型に迫り出した高台の上に、これまた円柱の形をした、凹凸のない細長い塔が一本。ここが三次試験会場、名をトリックタワーというらしい。
 飛行船は塔のてっぺんに受験者全員を下ろすと、再び空へと浮かびながらアナウンスを続行した。
 ここでの合格条件は生きて下までたどり着くこと。制限時間は72時間。
「――それではこれより第三次試験を開始いたします。みなさまのご検討をお祈りします」
事務的な締めの言葉を残し、飛行船の姿は空の彼方へと消えていった。

 は後悔していた。朝起きてすぐ、食堂へ朝食を食べに行かなかったことを。昨夜平らげた大量の食べ物は、もうすっかりどこかへ消え去っていた。
 仕方なく鞄の中の非常食に手を伸ばす。その時、視界の端に映ったヒソカに動揺したはうっかり手をすべらせた。綺麗な球形をした飴玉が、石造りの地面をコロコロと転がっていく。
「あっ、まって!」
慌てて追いかける。こんな小さな飴玉でも、過酷な試験の中では貴重な食料だ。
「うひゃあ!」
あと一歩のところまで追いついただったが、突然右足が床に沈み、地面に吸い込まれた。その直後に襲い来る全身の痛み。どこかに落下して、床に身体を打ちつけてしまったようだった。
「いたぁ……うぅ、飴……」
痛いやら空腹やらで半泣きになったの声があたりに反響する。そのとき、背後で何者かの足音が聞こえた。は恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返る。
「ひっ!!」
灰味がかった薄い青紫のような顔色の男がこちらをじっと見つめていた。しかも皮膚に無数のピンが刺さっている。
なんとも不気味な容貌の男だったが、は不安げな表情を浮かべつつも、果敢に彼に近付いていく。そして顔へと手を伸ばしかけたところで、それは本人によって阻まれた。はハッとした。
「あ、もしかして」
てっきり、トリックタワーという名前なだけあってスタート地点から罠だらけなのかと思っていたけれど。
「このピンは怪我じゃなくて元から……?」
その人物は無言でコクリと頷いたあと、しばらく小刻みに顔を揺らした。カタカタカタという音がまるで笑い声のように部屋に響いた。

 クラピカは途方にくれていた。試験が始まったはいいものの、塔への入り口がどこにも見当たらないのだ。先ほど外壁を伝って下って行った者の末路を見る限り、中から攻略するのが妥当だろう。
 二次試験合格者は40名いたはずなのに、現在確認できる者は半数ほど。残り半数の姿が、いつの間にかどこかに消えている。おそらくこの床に秘密がありそうだが――。
「おーい!」
声がした方を見ると、ゴンがキルアとともに駆け足でこちらにむかってきていた。
「あっちに入口を見つけたよ!」
「回転する石の床が四つ」
よっつ……? それだと一つ足りないような。クラピカがキルアの言葉を反芻していると、ゴンが困ったように笑って言った。
はもう別のところから行っちゃったみたいなんだ」
彼女の性格からすると、望んで一人先に進んで行くとは考え難い。おそらく、偶然隠し扉を踏み抜いて落ちてしまったのだろう。
 クラピカは彼女の無事を祈りつつ、先導を切るゴンとキルアに続いた。

四人とは違うルートへ。