No.13 : Sudden


 途中道に迷い、やっとのことで食堂にたどり着いたは、カウンターでまたもや嬉しい言葉を聞いた。ここでの食事代金は全てハンター協会がもってくれるらしい。
お金の心配がいらないとわかったの思い切りの良さはすごかった。
「えっと、とりあえず端から端までお願いします!」
メニューを指差し、昔からの夢だった注文方法を実現してみると、なんと長テーブル一つ分をまるまる占拠してしまった。それでもはこの光景に怯むどころか、とにかく幸福感しか湧いてこない。
「うわ、すげぇな」
うしろからポツリと男性の声。ミニトマトを頬張りながら振り返ると、つるりと光る頭頂部が真っ先に視界に飛び込んできた。
「んー!」
彼には見覚えがあった。一次試験の時にキルアが話のネタにした坊主頭だ。そしてこれはクラピカから聞いた話だが、二次試験で寿司の作り方をみんなにバラしてしまったのも彼らしい。ちょうどいい、彼には聞きたいことがあったのだ。はミニトマトを急いで飲み込むと、クリームコロッケの皿を彼の方に差し出しながら口を開いた。
「あの、一緒にお話しませんか」

 は今までレシピと姿しか知らなかった寿司という料理を今回初めて作ったが、味見をした瞬間から、すっかりその味に惚れ込んでしまった。こんな素晴らしい料理を生んだ国ならば、その他の名物もきっと――そう考えたは、是非ともハンゾーから情報を聞き出したかったのだ。

 最初はの勢いに押されて少し引き気味だったハンゾーも、自国の文化を興味津々に聞かれて嫌な気はしないらしく、次第に笑顔まで見せるようになった。そしてはテーブルに所狭しと並ぶ料理を一皿ずつ片付けながら、合間合間で器用にメモを取っていくという神業を見せた。
「――っと。これくらいかな、特におすすめなのは」
そう言ってハンゾーは箸を置き、コップの水に口をつけた。するとも最後の空皿を山に重ね、ぺこりと小さくお辞儀をする。
「ありがとうございます! 説明がお上手だったんで、聞いてるだけでお腹が空いてきました」
いやいや、今すんげー量食ったばっかだろ。口に含んだ水を思わず噴き出しそうになったハンゾーは慌ててそれを飲み込んだ。ついでに頭の中に湧いてきたツッコミもそのまま飲み込んで、呼吸を落ち着かせ、両手を合わせて食後の挨拶。
「ごちそうさま」
もタイミングを計ったように同時だった。二人は顔を見合わせて笑った。

 ハンゾーと別れの握手を交わしたは、一人廊下を歩いていた。「今度話すときは堅苦しいのは無しだぜ」そう言って去っていった彼はなんとも気のいい男だった。お腹も膨れたし、とても有意義な時間だったな――が鼻歌でも歌い出しそうになった時、曲がり角の向こう側から、男達の話し声が聞こえてきた。
「おいお前。さっきからブツブツうるせーぞ」
どうやら喧嘩のようだ。曲がり角に近づくにつれ、どんどん声は大きくなっていく。このままだと確実に鉢合わせしてしまうだろう。
「迷惑なんだよボウズ。明日の三次試験、寝不足で失敗したらどうするつもりだ。あぁ?」
遠慮の欠片もない、ドスの効いた低い声。今にも口論から暴力へと発展してしまいそうな空気。

 こんな試験に参加しているものの、は腕っ節に自信は無いし、争い事は嫌いだった。人の喧嘩にわざわざ首を突っ込むのはごめんだ。とても荒っぽい人達みたいだから余計に怖いし。引き返して別の道を行こう――そう考え至った直後。
「心配しなくていい」
それは確かに、聞き覚えのある声だった。
「あんたは三次試験には出られない」
でも、今までこんな彼の声を聞いたことはなかった。
「今ここで死ぬんだから」
「まって!」
そう叫び、踵を返しそうになっていた足を無理やり元に戻して駆け出す。角を曲がるとそこには案の定、キルアの姿があった。はそのままスピードを殺すことなく突進し、彼を地面に押し倒した。
「いってー。……なんのつもりだよ」
地面に思いきり打ち付けた背中をさすりながら、キルアがゆっくりと起き上がった。そして、男達に向けていた殺気の矛先を今度はへとぶつける。その瞬間、は背筋にヒヤリと冷たいものが走った気がした。背後で二人の男がバタバタと駆けていく音が聞こえる。
「そんなことしたらまたレールに戻っちゃうよ」
が心配そうな顔でそう言うと、キルアは忌々しげに顔を歪め、小さく舌打ちをした。
「ゴンとの話、聞いてたのか」
キルアの問いには小さく頷いた。食堂を探し求めて歩き回っていた時に、偶然キルアとゴンの会話を聞いてしまったのだ。
「この……弱っちいくせに」
そう唸るような声で言い、キルアは刃物のように伸びた爪をの首筋にあてがった。少しでも動かせば、そこから赤い飛沫が散るだろう。

 しかしは、その場から一歩たりとも動かない。大人の男が走って逃げるほどの殺気に曝されて、腰を抜かすわけでもなく。まっすぐにキルアを見つめるその瞳に、恐れの色は微塵もなかった。
「確かには弱い。でも今、キルアの手を止めることはできたよ」
落ち着いた、温かく優しい声。禍々しく変化したキルアの腕に、そっと彼女の右手が添えられる。沸騰するように全身を駆け巡っていた血が、次第に緩やかな流れになっていく気がした。それと同時に襲い来る、情けなさと申し訳なさに押しつぶされそうになる。
「っ……」
キルアはスイッチが切れたかのように、の右肩に頭を預けた。先ほどまでのどす黒い殺気は嘘のように消え去り、彼の右腕も元通りになった。
 が目の前にあるふわふわの銀色を優しく撫でると、消え入りそうな声で「ごめん」と聞こえた気がした。

ご都合主義も救済も大好きなのです。