No.8 : Sushi


 山のように積み上げられた焼き豚が、次々に骨だけの姿となって放られていく。参加者たちはみな、ブハラの豪快な食べっぷりに目を奪われていた。一方、おこぼれに与ろうとこっそり考えていたは、ひとり静かに落胆していた。
「キレイに食べすぎだよ……」
積み重なった骨の山には、肉の欠片一つ残されていない。そして未だ食べるスピードが衰えていないところを見ると、食べ残しが発生する可能性は限りなく低そうだ。の様子に気づいたクラピカは苦笑して、がっくりと項垂れている彼女の頭を優しくポンポンと叩いた。

 とうとうブハラは用意された丸焼きを一つ残らず平らげてしまった。試験前もなかなかのものだったが、何十頭もの大豚を収めた腹は今にもはちきれそうだ。
「ふぅ〜お腹いっぱい。もう食べられないよ」
「豚の丸焼き完食!受験生70名通過ー!」
前半戦終了を告げるメンチの声が響き渡った。
 食事中ずっとブハラは「おいしい」という意味の言葉しか発していなかったし、そもそも丸焼きが積み重なってどれが誰のものか分からなくなっていても気にした風もなかった。焦げていても半生でも、とりあえず丸焼きを持って来さえしていれば合格らしい。料理に縁のない受験者たちは、ひとまず胸をなで下ろしたのだった。

 今度はブハラとは打って変わって、細身の女性試験官・メンチが前へ歩み出てきた。
「二次試験の課題は、寿司よ!」
突然言い放たれた“スシ”という聞きなれない料理名にみな首を傾げている。予想通りの反応に、メンチは楽しそうに口角を上げた。
「あたしはブハラみたいに甘くないわよ。味や見栄えもキッチリ見させてもらうから覚悟なさい」

「って言われてもなぁ……」
フライ返しとフライパンを弄びつつ、レオリオがぼやいた。
「味とか以前にそもそもスシがなんなのかわかんねぇんだっつーの!」
室内にレオリオの叫び声が響き渡る。いつもならうるさいと周りから睨まれそうなものだが、今回はたしなめられないどころか深く頷く者までいた。
 今度の課題料理は炉端で豪快に焼くだけとはいかないらしく、ご丁寧に調理スペースが設けられていた。受験生全員が余裕で収まる建屋に、調理台が二十弱ほど。そしてそこには一通りの調味料、料理道具が完備されている。
「ここまで揃っていると、状況から料理の推測をするのは不可能だな」
博識のクラピカですら匙を投げる有様だ。ゴンやキルアには到底わかるはずもなかった。
 しかし皆が難しい顔で頭を抱えている中、一人だけ満面の笑みを浮かべている者がいた。
「ねぇ、お寿司の作り方知ってる」

 は料理人の両親のもとに生まれた。店自体は自国の料理のみを扱うごく一般的な料理店だったが、研究熱心な父親は新メニュー開発のため世界各国の料理本を集めていた。は幼い頃からそれを絵本代わりに読んでいたのだ。
「寿司っていうのは、お酢を混ぜたご飯に魚の切り身をのせた料理なの」
五人で肩を寄せ集めてから、声を潜めてが言った。
「魚ァ!? こんな森の中で魚なんて……」
油断したレオリオが驚きのあまり声を張り上げた。
「レオリオ……」
「オッサン……」
勘弁してくれよ、と言いたげな顔でゴンとキルアがレオリオの方を見た。
「あ、やべ」
そう言って口を噤むが、もう遅い。寿司について何も手がかりのない中、少しでも有益そうな情報が飛び出して来たらとりあえず試さずには居られないだろう。受験者たちが魚を求めて我先にと建屋の外に駆け出していく。
「森の中にだって川くらいあるだろう。せっかくの情報をお前は……」
青筋を浮かべ、拳を握り締めたクラピカをの右手が制す。――自分で制裁するつもりか? クラピカは驚いて思わずの顔を伺い見た。しかし彼女は腹を立てているどころか、むしろ楽しげな様子だった。
「たぶん、いずれバレてたと思う。あの状況で外に出ようとしたら目立つだろうし」
はそう言ってニッコリと笑った。寿司の材料が皆に知れ渡ったことなど何も気にしていないようだった。
「それより早く行こ!」
そう言ってはクラピカとレオリオの手を取り、駆け出した。突然引っ張られたものだから、身長差のあるレオリオはバランスを崩して危うくこけそうになっていた。
「そうだね。あのメンチって人、あんまりたくさん食べなさそうだし!」
楽しげなにつられて、ゴンも笑みを浮かべつつ後を追う。横に並ぶキルアの表情もいつになく柔らかい。
 本人が平気なら、まあ、いいか。クラピカは握り締めていた拳を解き、に引っ張られるまま森の中へと入っていった。

たまにはクラピカと。