No.7 : Roast


 二次試験の内容は料理。二人の試験官が順番に課題料理を提示し、それを用意することができれば晴れて合格という流れらしい。
 まず、ブハラが出した課題は"豚の丸焼き"というシンプルなものだった。これを聞き、料理試験ということで身構えていた大多数の参加者たちが一斉に肩の力を抜いた。肉をまるごと焼くだけならば、今までの人生で料理とは無縁だった者たちにも十分勝算はある。

 はだらしなくにやけそうになる口元を袖で隠した。頭の中はもう豚肉のことでいっぱいだ。スタートの合図と同時に、体が勝手に駆け出し、一気に最前列まで躍り出る。何気なくの様子を横目で伺っていたキルアは、地下道での頼りない走りっぷりからは考えられないスピードに驚きながらも、速度を調節しつつその後に続いた。
 最初はみな同じ方向へ向かっていたが、森へ入ってしばらくすると各自獲物を求めて散り散りになっていった。しかしキルアは相変わらず、の後ろを軽い足取りでついていくだけ。こんな課題、真剣に取り組むまでもない。彼にとってはハンター試験自体がただの暇つぶしだった。

 いつの間にか、とキルアは森の中を二人組で走っていた。かなりのスピードで進んでいるにもかかわらず、の額には汗一つ滲んでいない。
「スパイス……ハーブ……それともシンプルに塩胡椒……」
何か小さな声でブツブツ言っているが、木々のザワザワという音にほとんどかき消されてしまい、キルアにはよく聞こえない。
 退屈したキルアがなにか話しかけようとしたときだった。森の奥の方から、何かが近づいてくる気配。すぐ前を走っていたも気づいたようだ。立ち止まってしばらくすると、象のように巨大な体を持った豚が、まっすぐこちらに向かって突進して来ているのが見えた。どうやら自分たちが標的らしい。
「おい、大丈……」
を庇うように前へ出ようとしたキルアは、横目で彼女の顔を見て小さく笑みを浮かべた。
「……心配いらないみたいだな」
これは湿原で何度も見た。の目は完全に、捕食"する"側の光を宿していた。

 は軽やかに突進をかわすと、隠し持っていた包丁の柄で、豚の大きな鼻に隠れていた額を殴打した。すると巨体から一切の力が抜け、ぐらりと傾く。下敷きにならないよう飛び退いたの鼻先を掠め、気絶した巨大豚はものすごい轟音と共に地面へ横たわった。
 相変わらず、対動物に関しては(へなちょこにしては)とんでもない力を発揮するな、とキルアは感心していた。しかし今回の戦闘はそれにしても、鮮やか過ぎた。まるで相手の弱点を最初から知っていたかのような……。
「こいつと戦ったことあるのか?」
キルアはふと湧いた疑問を口にしていた。
「まさか。うちにある食材図鑑で見たことがあるんだ」
テキパキと薪を集めながらが言った。食材の図鑑。なるほど、突然懐から包丁が出てきたことにもこれで納得がいく。キルアは、鼻歌を歌いながら手際よく肉の下ごしらえを始めたの姿をぼーっと眺めていた。

 がじっくりと焼きの作業に入ったところで、キルアは思い出したようにふらっと姿を消し、一分も経たないうちに帰ってきた。
「おかえりキルア!」
火加減を調節していたが振り返り、キルアの背後にある獲物の姿を捉えた。
「うわー美味しそう!」
頬を染めてキラキラと瞳を輝かせているをほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまった。――でも、本当に見つめられているのは後ろの豚肉だ。
我に返ったキルアは少し恥ずかしくなり、ふいと視線を逸らして薪を拾い始めた。

 あっという間に薪を集め終わったキルアは、からライターと火種を借りて火をつけた。特に料理に頓着もないので、焦げない程度の火加減で適当に焼いて調理完了だ。
 一方はいろいろとこだわったようで、早くから始めていたわりに焼き上がりはキルアとほぼ同時だった。
「できた! ちょっと味見してもいいかなぁ?」
「ストップ!」
今にもかぶりつきそうになっているをキルアは慌て手で制した。この気迫からすると、味見レベルでは済まなくなるような予感がしたからだ。またあんなにじっくりと調理し直すのを待っているなんてゴメンだった。
「ほら、試験官のところに戻るぞ」
「うぅ……お肉ぅ」
は豚の丸焼きを担いだキルアに引きずられ、試験官たちの元へと運ばれていく。

 このときキルアは気づいていなかった。が獲物を食べつくそうが、自分の課題には何も影響はない。彼女のことなど遠慮なく置いていけばいい。しかし、その選択肢を無意識のうちに避けていることに。

保護者。