No.6 : Zoo


 とキルアがここに来て約一時間が経った。二人は比較的早く到着したため、建物の前で座って時間を潰している間、たくさんの受験者達のゴールの瞬間を見た。
 体力を使い切り、ふらふらとした足取りで歩いて来る者、息も切らさず余裕の表情で目の前を通り過ぎる者、満身創痍で倒れ込む者。しかし、肝心の人物が一向に姿を現さない。
 は祈るような気持ちで、来た道をじっと見つめていた。

 キルアはというと、あの三人のことをほど気にしていなかった。彼らとはまだ出会って数時間。そこまでの情は湧いていない。には悪いが、仮にヒソカとの戦闘で無事だったとしても、この霧の中、あれだけ距離を離されれば再会は難しいだろうとキルアは考えていた。
「……あ!」
が声を上げた。キルアが彼女の視線の先を見ると、何かを担いだ奇術師がゆっくりとこちらに向かって来ていた。

 表情を強張らせたがキルアの左腕にしがみついた。警戒するようにヒソカに視線を向けたまま、固まっている。
「そんなに睨まないでくれよ」
目の前で立ち止まったヒソカが気味の悪い笑みを浮かべて言った。ぐっとの手に力が込められる。
「これ、君たちのお友達だろ」
そう言ってヒソカは二人の目の前に何かを下ろした。"これ"扱いとはいえ、人間ーーのようだが、顔が潰れていて個人の判別ができない。しかし服装と髪型には見覚えがあった。
「レオ…リオ?」
が呼びかけるように名前をつぶやいた。返事はない。気を失っているようだった。
「何をした?」
キルアがヒソカを睨みつける。ヒソカは悪びれた風もなく、軽い口調で「試験官ごっこ」と言った。
「彼は合格。あとの二人も合格」
あとの二人とは、ゴンとクラピカのことだろうか。とすると、彼らもレオリオと同じく、生きているということだろうか。が思考を巡らせていると、遠くから、自分達を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主は、がずっと待ちわびていた人物だった。過酷な試験にはそぐわない、底抜けに明るい声。は立ち上がって駆け出した。
「二人とも無事だったんだ!」
は思わずゴンの手を取り、ピョンピョンと飛び跳ねる。
「あの霧の中ここまでたどり着くなんて、どんな技を使ったんだ?」
遅れてきたキルアが言った。先ほどまで二人の心配をしていなかったわりには、心なしか嬉しそうに見える。
「技ってほどじゃないよ。レオリオのオーデコロンの香りを辿ったんだ」
ゴンはどうってことないという風に答えたが、キルアの思考はたっぷり三秒間停止した。
「……お前は犬か!」
あのコロンは珍しい香りだから、とゴンは続けたが、キルアの耳には入っていないようだ。犬並みの嗅覚のゴンに、象並みの食欲の……動物園かよ、とキルアは思った。

 ひとしきり再会を喜び合った三人は、レオリオのもとに向かった。そこにはすでにヒソカの姿はなく、潰れた顔のレオリオが木にもたれかかるようにして座っていた。はキョロキョロと周囲を見回し、奴が近くに潜んでいるわけでもないことを確認すると、大きく深い安堵の息を吐いた。
 その時、レオリオの指先がピクリと動いた。瞳がゆっくりと開かれる。
「……あれ。オレはいったい……ていうかここどこだ。それになんか身体中がいてぇ」
途端に騒がしくなった。
「ここは二次試験会場。ヒソカとの戦いの後、あいつがレオリオをここまで運んできたんだ」
ゴンが説明をすると、レオリオは気絶する前のことを思い出したようで、拳を握って勢いよく立ち上がった。
「あの野郎、一発殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」
「ストップー!」
今にも飛びかかって行きそうなレオリオをゴンとは必死に抑え込む。は二人の間に何があったのかは知らないが、特攻しても返り討ちになるであろうことは予想できた。
「顔は悲惨だが、これだけ元気なら心配いらないな」
クラピカはため息交じりにそう言って笑った。

 十二時を告げる合図が鳴った。サトツの最後の説明によると、ようやくこれから二次試験が始まるらしい。暇を持て余していた受験者達は、話をやめ、合図とともに開き始めた扉をじっと見つめた。
 扉が開くとそこには、今までに見たこともないような大男と、露出の高い服を着た若い女が立っていた。女はメンチ、男はブハラという名前らしい。
「二次試験会場へようこそ」
メンチがそう言い終わるとほぼ同時。誰かの腹の虫が、猛獣の唸り声のごとく轟音で鳴いた。キルアは心当たりの人物をちらりと見たが、は首を横に振る。
「もうおなかペコペコだよ〜」
ブハラが腹をさすりながら言った。あらぬ疑いをかけられたはムッとした顔でキルアを睨みつけた。
 しかしその数秒後、今度は猫の鳴き声ほどの音がして、の頬がポッと赤くなったのをキルアは見逃さなかった。
「てなわけで」
メンチがソファから立ち上がる。
「二次試験の内容は、料理よ!」
予想もしていなかった課題に受験者達は不満げな声を上げ、周囲がざわめきだした。そんな中、だけは瞳を輝かせていた。

グー。