tune 23 : しらゆき


 さっきまですぐとなりにあったはずのぬくもりが消えてしまったのに気づいた。キングサイズのベッドから抜け出したは、カーテンをいっぱいに開けて窓ガラスに顔を近づけ、瞳を輝かせている。油断すると閉じてしまいそうになる目をこすりながら片方で手招きをすると、は名残惜しそうに窓の外を気にしながらも素直にぼくの腕の中へ収まった。
「雪がつもってるよハウル! ずっとむこうのほうまで、まっしろ!」
もし今この手を離したら、彼女はすぐにでも外へ駆け出していってしまいそうだ。そう思うと心配になって、抱きしめる腕の力を強くする。
「そうか、よかったね」
「マルクルたちとゆきだるま作りたいなぁ」
は家事だって掃除だって大人顔負けなくらいにテキパキとこなしてしまうのに、雪となると、どうしてこうも子どもになってしまうんだろう。そんな彼女も可愛いとは思うが、なぜだか素直に喜ぶ気になれない。
「ハウルもいっしょにゆきだるま作ろう? あ。魔法は、なしだよ」
「遠慮しておくよ。雪を見るのは好きだけど寒いのは嫌いなんだ」
そっか、と残念そうな顔をしてはいるけれど、雪遊びをしているあいだにそんなのは忘れてしまうんだろうな。ぼくがいなくても雪だるまを作る気が削がれないあたり、ぼくは雪に負けたってことになるんだろうか? すこし悔しいけれど、嬉しそうな彼女を見ていると「行くな」とは言い出せなかった。

 案の定、朝食をとってすぐにとマルクルとヒンは城の外へ駆け出していってしまった。プレートの色は緑だから、行き先は荒地に違いない。いつもはぜったいに自分から洗いものを任せたりなんてしないのに、よほど雪遊びが楽しみなのか、はお皿を流しに持っていくことさえも忘れていた。ソフィーは三人が出ていったドアのほうへ視線を向け、まるで孫か我が子でも見ているかのように目を細める。荒地の魔女は暖炉の前のソファにどっしりと腰を沈めて、いつものお気に入りのシガーを吸い始めた。部屋中に広がる、ナツメグの香り。
 しばらくするとさすがに煙だらけになってきたので、寒いのをがまんして、換気のためにリビングの窓をひとつだけ開けた。肌を刺すような冷たい風と一緒に、たちの楽しそうな笑い声までが部屋の中へ入ってくる。肝心の雪玉はまだまだ小さいようだし、この調子だと、だるまができあがるまではとうてい帰ってこなさそうだ。
「みんな楽しそうにしているみたいだけれど、ハウルは行かなくていいの?」
ソフィーは皿洗いの手を止めて、ニヤニヤしながらこちらをうかがい見た。
「ぼくは大人だよ、雪を見てはしゃいだりしない。それに寒いのは嫌いなんだ」
それより、君のほうこそ雪遊びを楽しむ年頃なんじゃないの? 冗談で言ったのに、ソフィーはパァッと顔を輝かせて軽い足どりで階段を下りていった。流しに放置された泡まみれの皿たちから、僕と同じような哀愁を感じる。……雪、きみってやつは!

 いよいよ城の中は、すっかり静かになってしまった。といっても、退屈した火の悪魔が絶えずしゃべりかけてくるのでロクに読書へ集中できない。荒地の魔女が話し相手になってくれればいいのにと視線を向ければ、彼女はすぐ寝たふりをするのだ。
「なーハウル、オイラも雪で遊びたいよ。たちと一緒に、かまくらに入るんだ」
「かまくらづくりなんて彼女たちの予定にはないようだけど」
カルシファーは少し考えるようにゆらゆらと揺れたあと、暖炉の天井に届きそうなほど大きく燃え上がった。薪の欠片がパチッと弾ける。
「そうだ。だったらハウルがつくってくれよ、魔法ですぐにできるだろ」
魔法でつくった雪細工なんてただ冷たいだけの置物だよ、とがいつになく真剣な顔で僕に説教をしたことがあった。自分の手で作るからこそいいんだよ、とも。だからといって、カルシファーのためにわざわざ雪を触る気にはなれない。寒いのは嫌いだ。
 その旨を伝えると、カルシファーはまたゆらゆらと揺れ始めた。今度はさっきより少しだけ長く、そのあと燃え上がるときの勢いも増している。
「やっぱり、魔法を使えばいいんだ。自分があったかくなる魔法!」
魔法は使えないんだよ、という言葉がすぐに出かけて、止まった。たしかに、雪に直接魔法をかけるわけではないのだから、それはセーフかも。いや、なにを考えてるんだ、雪遊びなんて子どものすることじゃないか、ぼくは大人だぞ。
 でもが雪に飽きて帰ってくるのはおそらく、まだまだ先のこと。そのあいだずっとシガーの煙たい空気に耐えるのはごめんだし、かといって窓を開ければ楽しそうな笑い声が嫌でも耳に入ってくる。ドアを他の場所につなげておくというのも、たちを荒地に置き去りにしているようで気が引けた。
「意地張るなよハウル、ほんとは仲間に入れてほしいんだろ?」
ずる賢い火の悪魔は意地悪く笑って顔を近づけてきた。言葉を発するたびに熱風がぼくの肌を撫ぜる。至近距離でたっぷり目を合わせること三十秒。
「しょうがないな、わがままな悪魔のためにかまくらを作りにいってくるよ」
ぼくも雪に触れるといったらきっとは喜ぶに違いない。いくらさっきまでぼくを放ってはしゃいでいたといっても、彼女が本当に一番すきなのは、ぼくだからね。
 コートを着て手袋をはめ、みんなのいる荒地へのドアノブをにぎる。うしろから、まったく世話がやけるぜ、という友人の楽しそうな声が聞こえた。

雪にやきもちを焼くおとなげないハウル視点。甘さよりも、ほのぼの優先でした。