tune 18 : ぬくもり


 今日はなんだかハウルのようすがおかしい。いつもみたいにからかってこないし、こちらから話しかけてもうわの空。こんなのは、この城に来てから初めてのことだ。
「ねぇハウル。どうしたの。なんだかようすがおかしいけど……」
まさか私に愛想をつかしてしまったんだろうか。いつも積極的なハウルに対し、私はいつもガードが固くて彼は欲求不満……何度もかわされるうちに愛は薄れて、とうとう他の女の人に恋をして……その女はとても美人で気さくで明るくて、私なんかよりもずっと男の人の扱いが上手で……そして二人はこっそりと私の目の届かない所で密会をくりかえし、ついには結婚の約束まで……。
 そこまで想像してなんだか悲しくなったと同時に、ぜったいにありえないと思った。ハウルはいつも私にべったりで、離れている時なんてトイレとお風呂くらいだ――ハウルはお風呂もいっしょに入ろうなんて危険な誘いをしてくるけれど私はいつもことごとく断っている――そんなだから、ハウルが他の女の人と恋に落ちる、そのうえ結婚の約束だなんてありえない話だ。

「ねぇ、ハウ……」
ハウルのからだがゆらりと傾いて、ゆっくりとこちらに倒れかかってきた。彼を抱きとめたとたん、あまりの熱さに驚いて手を離しそうになってしまった。
「まさか、熱……?」
彼の金色をかき分けておでこにそっと手をそえると、ふつうでは考えられないほどの熱がじわっと伝わってきた。彼のようすがおかしかったのはこのせいだとわかってホッとしたのもつかの間、これからどうすればいいのかわからずパニックになってしまった。えーと、こういう時は、えーと。考えてもよけいに慌ててしまうばかりで、いい案なんて少しも浮かばない。
「ハウルがどうかしたのか?」
「すごい熱なの……どうしようカルシファー!」
「オイラに聞かれたって……。と、とにかく部屋に!」
「う、うん!」
私の焦りがカルシファーにもうつったらしく、なんだか声が少し震えていたようだ。病人の看護なんて初めてで、部屋に運んだとしてもその後どうすればいいのかわからない。ソフィーさんがいてくれたらいいんだけれど、彼女はまたこういう時に限って外出中だ。私はハウルに肩を貸し、一段ずつゆっくりと階段を上った。彼は高熱のせいかふらふらとした足どりで、体重のほとんどが私に預けられる。以前同じようなことがあったものの、やっぱりこの重さには慣れない。幾度となくこけそうになりながらも、私たちは階段を上りきり、ようやく部屋へとたどり着いた。

 彼をベッドへ横たえさせると、私は水とタオルを取りにいくため、浴室へと急ぐ。浴室に着いて水道の蛇口を思いっきりひねると、圧縮された水が出口を求めていきおいよくあふれ出た。水が桶に溜まる間という、そんなささいな時間さえもなんだかじれったくて、心の中で早く早くと叫んだ。たかが熱だと言ってしまえばそれでおしまいだけれど、でもやっぱりすごく不安で、彼がどうにかなってしまうかも、なんて思う。水の溜まった桶を持って部屋に戻ると、ハウルの苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
 ベッドサイドのテーブルに桶を置き、タオルを浸してかたく絞り、開いて彼のひたいに乗せてやる。しかしいくら世話してやったからといってすぐに具合が良くなるわけなどなく、ハウルは未だに荒い呼吸をくりかえしていた。
「何かしてほしいことない? ねぇ、なんでもするよ」
「……ほしい」
息も絶え絶えにハウルはようやく口を動かすと、熱のせいで潤んだ瞳をこちらに向けて弱々しい声をはっした。
「え、水がほしい? わかった、とってくるね」
「ちがう、がほしい……」
通常からは考えられないほどの彼の体温が、掴まれた箇所からじわりと伝わってくる。熱い。掴まれた腕も、頬も。
「ハウル、なに言って……」
「僕は本気だよ」
熱っぽい瞳で見つめられ、私は身動きがとれなくなった。まるで彼の熱がうつったかのように体がボーッと熱くなり、なんだか頭がくらくらする。足の力が抜けてベッドにへたり込むと、いつの間にか体を起こしていたハウルに強く抱きしめられた。とたんに頬へ、やわらかい感触。
「今日のところはこれくらいにしておくけど、明日からはどうなるかわからない」

 熱のせいで大胆になってしまったんだろうか、それともこれが彼の本心? 嬉しいやら恥ずかしいやらで、頭がパンクしそうだ。キスはそれきりだったものの、私を抱きしめる腕は未だに離れておらず、むしろ、力が強くなってきている気がする。
「ハウル、休まないとよくならないよ、ほら、横になって……きゃ!」
彼の腕を解いてベッドへと押し戻すと、とつぜん左腕をつかまれてそのまま倒れこんでしまった。ふとんと彼の体とで衝撃は少なかったものの、視界は真っ暗だ。つかまれた腕がさらに引っぱられ、彼の元へと引き寄せられる。いつのまにかふとんも掛けられており、二人していっしょにベッドの上へ寝転んでいた。
「ね、ハウル……」
「いっしょに寝よう。ああ、だめだ、と一緒に寝ないとこのまま死んでしまうかもしれない!」
こんなの嘘だってことくらい、いくら私でもじゅうぶんわかる。ハウルは苦しそうなまねを続けていて、それがおもしろくてつい笑ってしまった。つい最近までは、私のほうが彼を好きで好きでたまらなくて余裕なんて全然なくていつも不安でたまらなかったのに、今では彼のほうがやきもち焼きだし甘えんぼだ。
「うん……わかった。ハウルが死んじゃったら嫌だからね」
彼のまぶたにキスをするとぎゅっと強く抱きしめられ、私は背中に腕を回して胸に顔をすり寄せるように抱き返した。もしかしたら彼の風邪がうつってしまうかもしれないけれど、そんなことはこのぬくもりの前では危険でもなんでもない。まるで彼は湯たんぽのように温かく、その心地いい熱で私は強い眠気に襲われた。

 なんだか、妙にお腹の辺りの風通しがいい。まだまだ重いまぶたに力を入れて押し上げると、自分の服の正面が不自然なほどにはだけているのに気づいた。いくら激しい寝返りでも、これほどまでにすさまじい状態にはならないだろう。それにハウルの手が服に掛かっているし、彼のしわざに間違いはなかった。私が目を覚ましても動揺した表情ひとつ見せず、熱が下がったらしい彼はいつものような調子でおはようと言った。
「今日はこれくらいでって、言った……よね?」
「日付はもう変わっているんだよ、
そう言って笑った彼の顔は、今までにないほど嬉しそうだった。

なんでこうソフィーさんたちは都合よく外出中なんでしょう。