No.164 : Recovery


 目を覚ましたの視界いっぱいに、抜けるような青空が広がる。ビスケの手のひらは既になかった。まぶたを通り抜けた日の光のおかげで、自然に眠りから覚めたのだろう。
「あ、起きた!」
弾むようなゴンの声がして、寝起きでぼんやりしていたの意識がようやく覚醒する。ゆっくりと身体を起こし、ずっと膝を貸してくれていたビスケに向き合った。
「あの、膝枕……ありがとうございました!」
そう言って小さく頭を下げたは、そのままの体勢で固まった。
 ビスケの話によれば、休憩時間は三十分程度ということだった。ひとまず、太陽の位置にはそれほど変化がない。当然だ。しかし驚くべきことに、身体も頭もたっぷり一晩熟睡したかのように回復しきっている。

「もしかして、丸一日寝てたりしないですよね?」
こわごわ顔を上げながら言うと、しばらく時が止まった。
「……はぁ?」
ビスケからの返答より先に、キルアが呆れたような顔で眉を寄せる。万が一の可能性を口にしてみたが、やはり考えすぎだったらしい。
「でも、たしかにすごくスッキリした顔してるね」
横からゴンの顔がのぞき込んでくる。二人でじゃれあった勲章なのか、鼻の頭と右頬に砂がついていた。は手を伸ばし、その粒を優しく払う。
「……二人とも、待っててくれてありがとう」

 短時間ではあるが、修行を中断してしまったことに変わりはない。しかし、ここで謝罪をするのはどうにも卑屈になりすぎている気がしたからこその礼だ。すると、ゴンとキルアは互いに顔を見合わせて笑った。
「別に、オレらただ遊んでただけだしな」
「うん。ちょうどいい気晴らしになったよ」
わずかに残っていた懸念がすっかり消え去る。の瞳はますます輝きを増し、身体中から活力が満ち溢れ始めた。

「ま、なんにせよ、よく眠れたみたいでよかったわさ」
ビスケはそう言って立ち上がり、スカートの後ろを軽くはたいた。それを見ながら思案していたはしばらくしてハッと肩を揺らす。
「もしかしてビスケの膝枕の力なのかも!」
「なんだそれ」
真剣な顔で拳を握るの呟きをキルアが即座に一蹴した。とはいえ気のせいでは片付けられないほど明らかな爽快感、そして身体中にみなぎるエネルギーからして何かがあることは確実だ。しかし、結局その謎が解明されることはなかった。
「さて。も元気になったし今度こそ出発よ」
「押忍!」
立ち上がったが晴れやかな顔で構えを取る。それに倣ってゴンとキルアも同様に返すと、ビスケが満足そうに微笑んだ。

▼ ▼ ▼

 四人は事前に入手していた情報どおり、岩石地帯からまっすぐマサドラに向かって走り出した。道中の怪物はできる限り無視し、最短ルートを行くらしい。三時間という目標タイムをビスケが提示すると、三人は静かに顔を引きつらせた。
 ビスケが掲げた数字はにとってかなり過酷なペースであった。息一つ切らさず涼しい顔のキルア、その横で、わずかに汗を滲ませながらも安定した走りのゴン。そんな二人のうしろ姿を難しい顔のが追いかける。
 彼らの走りに素の状態でついていくことは厳しい。かといってのオーラの貯蔵量もそれほど多いわけではない。そこで、これまで以上に少ない消費で最大効率のスピードを得られるコントロール方法を模索しながら走っているというわけだ。

「村だ!」
ゴンの声にがハッと肩を揺らした。呼吸と心拍、オーラコントロールだけで満ち満ちていた意識に、民族風のテントの群れが流れ込んでくる。自身の内側ばかり気にしていたせいで、周りの景色を見ている余裕などなかったのだ。
 村に足を踏み入れたとたん、ビスケは走ることをやめた。休憩がてら、ほんの少し探索も兼ねているのだろう。
「村ってか、キャンプって感じだな」
キルアがポツリと言う。なるほどその通り、入口の閉じられたテントがそこらじゅうに点在しているのみで、この地に根ざした建物は一つとして見当たらない。特にイベントのようなものが起こる気配はなく、単なる風景として景色が流れていった。

 キャンプ地を出ると再びビスケが走り出す。先の休憩でわずかに回復したは、いくらか軽い足取りで三人に続いた。
 しばらく進むと、今度は正真正銘の町に行き着いた。木造のしっかりした家が連なり、アントキバほどではないものの栄えている。しかし不思議なことに人の気配がまったくない。
「ごめんくださーい」
そう言って試しに一軒覗いてみるが、薄暗い部屋の中にの呼びかけが虚しく響くばかりだ。

「無人か。せっかくだしタンスだけでも見てこーぜ」
「……え、それはちょっと」
楽しげに奥へ踏み込んで行こうとするキルアの手をはあわてて掴んだ。テレビ画面越しの冒険では自分も遠慮なくセオリーに倣っていたが、いざ実際に民家を訪れてみると、それがどれだけとんでもない蛮行だったのか思い知らされてぞっとする。
「ちょっとあんたたち、さすがにそこまで丁寧な探索をするつもりはないわよ」
呆れたような声が離れた場所から聞こえた。キルアは少しの間そのまま動きを止めていたが、ようやく諦めがついたのか、残念そうに口を尖らせつつ外へ出て行く。ほっと息を吐いたもその後に続いた。