No.143 : Enchanted


 グリードアイランドは最終的に三百五億という途方もない額で落札された。それを成した人物は、今回の作戦においてキーマンとなる人物・大富豪バッテラだ。見込み通りの展開に勢いづいたゴンたちはさっそく彼の元を訪れた、ところまでは良かったのだけれど。
「あーームカつく!」
ゴンが大声で叫びながら地団駄を踏む。は苦笑いを浮かべ、キルアはキャンディを舐めながらそれを平然と見ていた。

 ゴンが提案した作戦は、グリードアイランドのソフト自体を入手するのではなく、その所有者に自分を売り込むことでプレイ権のみを得るという算段だ。しかし相手に言われるがまま練を見せた結果、協議が行われるどころか、これでは話にならないと一蹴されてしまったのだった。
「でもまぁ、あのアゴヒゲの言うことももっともだぜ」
「……どーゆーこと?」
キルアの言葉に、今にも飛びかかりそうな気迫でゴンが振り向く。本来ならば散々な評価を下したツェズゲラに向かうはずの敵意を一身に浴びたキルアは、うんざりした顔でため息をついた。
「そうつっかかるなよ。……そろそろ次の段階に進んでもいいんじゃねってこと」
「次の段階?」
ゴンとが揃って首をかしげた。

 これまでほぼ毎日欠かすことなく行なってきた念の修行だが、その内容は纏と練の二パターンのみ。三人はウイングの言いつけを愚直に守っていた。しかし、そろそろ発に手を出してもいい頃なのではないかとキルアは言った。
「必殺技かぁ……」
ゴンがくすぐったそうに笑みを滲ませる。代わり映えのしない基礎の反復より、よほど心踊るのが本音だ。

「ただ、発動条件はかなり慎重に考えねーとな」
神妙な顔でキルアが言う。するとゴンとの頭に同じ人物が浮かんだ。旅団に対して絶大な力を得る代わり、自らを危険に晒す重い制約を背負ったクラピカだ。彼の真似だけはすべきではない。当の本人も言っていたことだ。
「とはいえ、軽すぎても役に立たない。重すぎず軽すぎず、かつ自分の能力に合ってて実戦的で応用の効く能力、って感じだな!」
さらりと総括された言葉にゴンが同意する。しかしさっそく思案を始めた彼の頭はものの数秒で処理能力の限界を迎えたのだった。

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 は綺麗さっぱり纏を解くと、小さくため息をついた。焦らず日々のタスクをこなしていれば何か糸口が掴めるかもしれないと思っていたが、なんの切れ端すらも浮かんでこないのだ。
「精が出るな」
ずっと待ちわびていた声が背後からかかる。は弾かれたように勢いよく振り向いた。
「クラピカ!」

 すっかり顔色のよくなったクラピカが部屋の入り口に立っている。は途端に嬉しくなってすぐさま彼に駆け寄った。
「もう具合はいいの?」
「ああ。おかげさまで」
わずかな無理もない、自然な笑みがクラピカの顔を彩る。最後に一つだけ残っていた大きな心配事がなくなり、は晴れ晴れとした気持ちに包まれた。

 休憩も兼ねて修行を一時中断したは、部屋の隅にあった古びた椅子の一つをクラピカに差し出した。そして自身も残りに腰掛ける。年季の入った木材がぎしりと乾いた音を立てた。
「……結局、の言った通りになってしまったな」
クラピカが神妙な顔でぽつりと呟いた。ゆっくり休んでね――すぐに飛行船での一言と結びついたは、いたずらっぽく笑いながら彼の顔を覗き込む。
「じゃあもう一回予言しちゃおうかな?」
すると、ぴったりと閉じられていた形のいい唇から薄く息が漏れた。
「はは、さすがにこれ以上は勘弁してくれ」
クラピカはそう言っておかしそうに笑った。

 それからは、個人修行をするに至った経緯と現在の課題をクラピカに打ち明けた。自分一人で励むには限界を感じていたからだ。
「なるほど。必殺技の開発か」
クラピカはそう言うと、真剣な表情で小さく唸る。思考しながら顎に添えられた彼の指が視界の端に映り、はハッとした。
「そういえば、クラピカはどうして鎖を選んだの?」
彼に能力を明かされてから、いつか聞いてみたいと考えていたことだった。怒涛の展開に流されてここまで叶わなかったが、今がそのときだという根拠のない自信がを後押しする。

 クラピカは旅団を繋ぎとめておくという発想から鎖の具現化に至ったのだと語った。まずは目的が先にあり、それを実現するために道具を見繕うやり方がの中に深く刻まれる。
「……ありがとう。参考になりました!」
はそう言って深々と頭を下げた。なんのとっかかりもなかった修行にわずかな糸口が見え始める。途方にくれていた数分前とはまるで別人のような心持ちだった。

 今すぐにでも実践修行を始めてしまいそうな勢いのを前に、クラピカは思わず口を開きかけた。しかし、そのまま言葉が紡がれることはない。
「どうしたの?」
気づいたが首をかしげる。クラピカは一瞬動きを止めた。――これは私のエゴだな。心の中でそう結論づけると、クラピカは自嘲気味にかぶりを振った。
「なんでもないよ」
するとはそれ以上何も聞かず、おとなしく発のアイデアを練り始めた。その真剣ながらもどこか楽しげな横顔にクラピカはつい目を奪われる。
 どうか彼女には、真に心惹かれるものを選んでほしい。その願いがクラピカの胸から消えることはなかった。