No.141 : Bump


 タクシーから降りれば目的地は目と鼻の先だった。さっそく四人はオークションハウスの門をくぐる。
 すぐ後ろを歩くの表情がどこか硬いことに気づいたゴンは、歩調を緩め、ゆったりとした動作で右手を差し出した。
「お手をどうぞ」
大きく瞬きをしたの頬にじわじわと朱が差す。
「あ……ありがとう!」
遠慮がちに伸ばされた手がそっとゴンの右腕に触れた。恐る恐る体重の一部を任せると、華奢な見た目に反して驚くほどの安定感がある。慣れない靴に悪戦苦闘していたのが嘘のように、の身体は軽くなった。

「えーと、Bホールは……」
「あっちだ」
ゴンがあたりを見回していると、いち早く発見したキルアが右方向を指さした。オークション開始まで残り十分ほど。他に用事もないため、四人は大人しく席で待つことにした。
「あーあ、どっかにお菓子売ってねーかな」
道中、ポケットに両手をつっこみながら、退屈そうにキルアがぼやいた。ただひたすら煌びやかなだけの空間に早くも飽きがきているようだった。
「飴ならあるよ」
がそう言いながら取り出した小さな包みは、あっという間に姿を消す。
「サンキュー」
さっそく片頬を膨らませたキルアが満足げに笑った。

 会場の中へ足を踏み入れたとたん、一気に視界がひらけ、華やかな喧騒に包まれる。はまるでお城の舞踏会にでもやってきた心地だった。緊張とほんの少しの高揚感がくすぐったい。
 階段状の通路を降りながら辺りを見回すと、きっちりと正装を着こなした大人ばかりが目にうつる。
「……よかったな、着替えて来て」
キルアは己の姿を見下ろしながらしみじみと言った。ゴンが苦笑しながらうなずく。
「うん。危うく浮いちゃうとこだったね」
レンタル費用はそれなりに高額だったが、いまこの場で大恥をかくことに比べれば些細な問題だ。
「さすがゼパイルさん」
は目の前の恩人に尊敬の眼差しを注いだ。

 しかし、きっちり周囲に溶け込めているはずの三人は先ほどから過剰な注目を集めていた。
「……なんか見られてる?」
ゴンが気まずそうに頬をかく。被害妄想の可能性も捨てきれないが、どうにも周りの目が全てこちらに向いている気がするのだ。
「まぁ基本的に子どもが来るところじゃないからな」
そう言ってゼパイルが苦笑した。なるほどそれなら納得、と三人が肩の力を抜きかけたとき。すぐ横の座席に見覚えのある顔を見つけた。
「ん?」
「おっ」
互いに思わず声が漏れた。そのままたっぷり数秒間、時が止まる。真っ白になっていた頭が再び動き出した瞬間、まるで示し合わせたかのように三人は出口へ向かって全力で駆け出した。

 細い目をした陰のある男と、金髪で人相の悪い男。到底忘れることなどできない、どちらも幻影旅団のメンバーだ。
「なんであいつらがここにいんのさ!」
ゴンが走りながら叫んだ。どうにか鉢合わせないよう気をつけて行動してきたというのに、肝心のオークションでこの展開は報われない。
「知るかよ!」
キルアが吐き捨てた。旅団相手にゼロ距離からの逃走とはあまりにも分が悪い。ハウスの出口へたどり着くより先に、まんまと回り込まれてしまった。

「ヘイ」
金髪の男、フィンクスが三人の行く手を塞ぐ。とっさに引き返そうとするも、背後はすでにフェイタンが固めていた。そして勢いを殺しきれなかったの手がゴンのそれをするりと抜け、顔からフィンクスの腹に激突する。
「ぶ!」
そんな声が漏れたかと思うと、鼻先をおさえたがふらつきながら後ずさった。フィンクスのこめかみが小さく震える。しかし彼が実際に何か行動を起こすことはなく、内心ヒヤヒヤしながら見守っていたキルアは小さく息を吐いた。
「安心するね。別にお前たち殺る気ないよ」
フェイタンが相変わらず抑揚のない声で言った。

「……今となっては鎖野郎を殺るわけにもいかなくなったしな」
気を取り直したフィンクスが続ける。その言葉に抱いた疑問は三人とも同じなのだが、実際口にしたのはゴンだけだった。
「それってどういうこと?」
「団長に念の刃を刺したんだろ? それじゃこっちは手出しできねーよ」
「なんで? 逆じゃないの?」
気後れせずどんどん踏み込んでいくゴンを横目に、キルアはこっそりと感心していた。彼のキャラクターならば怪しまれることなく相手の情報を引き出すことができる。

 念というものは死ねば消えるとは限らない。むしろ死ぬことで強まる念もあるのだとフィンクスは言った。
 トリガーとなるのは死ぬ間際に抱いた強い恨みや未練で、それを原動力にしていたクラピカなどはその構図にがっちりとはまっている。そして残された念の行き場は、最も憎悪の深い対象。つまり仮にクラピカを殺したとすると、恐ろしく強い念が無防備な団長を襲うことになるのだ。

「――だから鎖野郎を殺るわけにはいかねェのさ」
先日まで敵だったことが嘘のように、フィンクスの説明は思いのほか詳細だった。初めて耳にする情報の洪水には目を瞬かせている。
「ま、そんなわけでオレたちはお前らから手を引く」
フィンクスのその一言で、ずっと頭の一部を占めていたもろもろの心配がすっきりと流れ落ちた。これからは堂々と外を歩けるのだ。