No.120 : Invitation


 一触即発の空気だった。仲間同士といえど二人の間には本気でやり合いかねない殺気が満ちている。
「やめとけ、ノブナガ」
 沈黙を破ったのは顔に傷のある大男だ。団員の中でも群を抜く物騒な風貌とは裏腹に、理性的な人物らしい。
「ルール忘れてないだろうね」
「団員同士のマジ切れ、ご法度だよ」
マチとシズクがその後に続く。ノブナガはバツが悪そうに後ろ頭を掻くと、懐から何かを取り出した。
「……わかってるよ。揉めたらコインで、だろ」

 慣れた手つきで弾き上げられたコインが宙を舞う。ノブナガは落ちてきたそれを左腕の上で器用に受け止めた。
 フェイタンが裏を選択したことで、ノブナガには自動的に表が割り当てられる。
 コインに命運を委ねる展開はこれまでにもあった。相変わらず賭けの対象は突拍子もない――しかし彼らはきっと躊躇なく事を遂行してしまうだろう。は息を飲んで目の前の光景を見守った。

 ノブナガがゆっくりと右手をどける。十本足の蜘蛛の刻印が左腕の上できらめいた。
「フェイタン、離してやれ」
すると、あれだけ頑なだったフェイタンがあっさりと拘束を解く。それほど彼らにとって規則は重要な意味を持つらしい。
「――で、どうすんのこの三人」
シズクが相変わらずぼんやりした顔で視線をよこす。一番の山場は越えたものの、未だ安心はできない。三人は思わず身を硬くした。
「何も知らねェなら解放してやればいいさ。どうだ、パクノダ」
大男がパクノダというらしいスーツの女に問いかけた。用済みとあれば始末される可能性も見ていたはわずかに肩の力を抜く。
「来る途中調べてみたけど、三人とも本当に心当たりはないわね」
パクノダはきっぱりとそう言い切り、皆もそれを反論なく受けとめた。マチの勘は正反対の展開を示していたらしいが、いまやそれも形無し。パクノダの発言はかなりの信用を得ているようだ。
 確信を持って断言できるほどの調査を受けた記憶などにはなかったが、その違和感は、状況が好転しているという興奮と歓喜にかき消されていく。

 その後、残るわずかな可能性をも無視できないフィンクスが異を唱える一幕があった。
 彼は、ゴンたちが鎖野郎と認識していないだけで、裏で糸を引く者がまさにその人なのではないか、というのだ。当たらずとも遠からずな考えにキルアとは冷や汗が止まらない。
 しかし、組に所属し情報源も潤沢な鎖野郎がわざわざ子どもを利用するはずがないという意見が飛び出すと、皆はそちらに同調する。発言したのは、温和な雰囲気を持つ金髪の青年だった。落ち着いた知的な話しぶりから見るに、彼は旅団の中でもブレーン的な存在なのだろう。

 今度こそ本当に解放される――はずだった。
「待て」
ノブナガの低い声が皆を引き止めた。どちらかと言えば穏便志向な彼の言葉ということで、気の緩んでいたは次の瞬間、度肝を抜かれることになる。
「なぁボウズ、旅団に入れよ」
思ってもいなかった方向からの提案だった。
「やだ!」
ゴンが間髪入れずに即答する。遠慮も何もない全力の反発にギョッとしたキルアだったが、ノブナガは気分を害すどころか、むしろ嬉しそうに笑みを深めた。

 さらには自分と組もうなどと言い始めるものだから、先の憤りを引きずったままのゴンは我慢の限界だった。
「っ……お前たちの仲間になるくらいなら死んだほうがマシだ!」
考えうる限りで最上級の拒絶の言葉を口にすると、ゴンはありったけの敵意を込めてノブナガを睨みつける。

 しかし、ノブナガにはゴンの言動全てが微笑ましく見えるのだろう。とうとう声を上げて笑い始めてしまった。
「っくく……オメェ強化系だろ?」
込み上げてくる笑いをかみ殺しながらノブナガが言った。ゴンは怒りのあまりシラを切るのも忘れて「だったら何だ」と睨み返す。
「やっぱそうだよ。くくく……」
いよいよ笑いの止まらなくなったノブナガに他の団員たちも困惑気味だ。頭がやられてしまったのかと身振りで問う者すらいる。

「……よし」
しばらくして、妙な空気になっていたところをノブナガ自身が断ち切った。笑いの発作はすっかり収まったようで、彼の声にははっきりとした芯がある。
「オレはこいつらの入団を推薦するぜ」
これまで、冗談の延長だと高を括っていた団員たちの間に動揺が走った。信用も実績もない人間をたった一人の個人的な嗜好だけで引き入れるなど、まかり通っていいはずがない。そもそも勧誘された本人自身が心の底から加入を拒否している。

 しかし、それを口にしてまた無用ないさかいが起こることは皆避けたいようだ。
「……まぁいいけど。逃げられても知らないよ」
「見張りはテメェでやれよ」
我関せずとばかりに、マチとフィンクスは素っ気なく言い捨て、踵を返す。ノブナガは気にせず立ち上がると、自分の後をついてくるようゴンたちに告げた。
、行くぞ」
マチの後ろ姿を目で追っていたは背後から名を呼ばれた。振り返ると、いつになく緊張した顔のキルアが立っている。どうやらノブナガとともに別室に移るらしい――そのとき、フェイタンの瞳が訝しげに細まった。