No.54 : Lie


 ここへ来てから一週間が経った。ゴンとキルアは未だ勝ち続けており、ついに150階クラスへと到達。押し出しと手刀のみで相手を完封する二人はもはや闘技場中の噂の種だ。はというと先日ようやく個室を獲得し待ち合わせが楽になったと細やかに喜んでいる。
「うわぁ、残高が見たこともない額になってる!」
通帳残高を確認したゴンが声を上げ、横から覗き込んだも一緒に目を丸くする。総額の欄に、つい一週間前まで文無しだったとは思えないような数字が印字されていた。
「なんか悔しいなー」
隣を歩いていたキルアが頬を膨らませる。
「この階に到達するのにオレは二ヶ月かかったんだぜ」
「でもそれって六歳の頃の話でしょ」
妙なところで対抗心を燃やしているキルアに苦笑するゴン。はというと、今の自分より先を行っている六歳のキルアに無言でただただ感服していた。

「そういえばさっきテレビにズシ映ってたね」
ゴンがふと思い出したように言った。ズシは前に見た時と同じように地道にポイントを重ね、自身の何倍もある巨体をなんとかノックアウトしていた。クラスも50階と以前から変化なく、どうやらその周辺で苦戦しているようだ。キルアの目の前で見せたという"レン"を使えばすぐに脱出できそうなものだが、相変わらずウイングに禁止されているのだろう。
「あいつの言ってたレンって一体何なんだろうな。もっと上に行けばわかるのか……?」
そう言って難しい顔をしているキルアとは対照的に、ゴンの表情は道がひらけたと言わんばかりに明るかった。
「それならズシに直接聞いてみようよ!」
ゴンの提案にはハッとする。あまりの短絡的思考に一瞬呆れかけたキルアだったが、悲しいかな、次第にこれを名案だと感じ始めるのを止めることはできなかった。

 闘技場から出てきたズシをタイミングよく捕まえた三人は、レンとは何なのかと直球で尋ねた。すると返ってきたのは聞き覚えのない単語の洪水。
「レンはヨンタイギョウの一つっす。ヨンタイギョウとはシンを高め、シンを鍛える、全ての格闘技に通じる基本っす。テンを知り、ゼツを覚え、レンを経て、ハツに至る。これ全て、ネンの修行っす!」
得意げなズシとは対照的に、呆然としているゴンと
「わっかんねーよ!」
あまりの意味不明っぷりにキルアの怒号が飛んだ。
「ズシ。あなたはいつから人に教えられるほどものをおさめたのかな」
背後から投げかけられた声にズシの肩が小さく震えた。見ると、以前と変わらず穏やかな笑顔を浮かべたウイングが、ゆっくりとこちらに向かってきているところだった。
「ゴンくんキルアくんさん。昔の訓示に、物事とは中途半端に知ることで何も知らないよりわからなくなるとあります」
ウイングはそう言って三人を見回した。回りくどい言い方だが、要はレンについて話したくないのだろう。しかしこちらもそう簡単に引き下がる気はない。
「生兵法は大怪我の元ってやつね。でもオレは"いま"知りたいんだよね」
こういう時のキルアは強い。自身の兄も件の力の使い手であることを明かした上で、もし教えてくれなければ我流で無茶をすることも厭わないと半分脅しのような駆け引きを持ちかける。厄介な子に捕まった、とウイングは目を伏せ深い溜息を吐いた。

 あれから三人はウイングの部屋を訪れ、念についての教えを受けた。
 四大行とは、意志を強くするための修行である。点で目標を定め、舌で自分の思いを言葉にし、錬でその意思を高め、発でそれを行動に移す。
 講習は口頭での説明だけに留まらず、ウイングは実際に錬をその場で披露してみせた。彼の錬は対象のキルアを攻撃し、その脇のゴンとですら、あまりの威圧感に足がすくんだ。最終的には「心が充実しないうちは控えた方がいい」と締めくくられてしまったものの、見えざる力の威力を三人は確かに実感したのだった。

 ウイングの部屋を後にし、闘技場への帰り道。
「ありゃ嘘だな」
そう言って脇目も振らず足早に先を行くキルアを追いかけながら、ゴンとは顔を見合わせた。
「言ってることは尤もらしいしウイングの力も本物だとは思うけど、それだけじゃ説明できないことがある。……ズシの打たれ強さだ」
初日に50階で対戦した時のこと。何度倒しても起き上がってくるズシにムキになってしまったキルアは、それまでの加減を忘れ、つい本気で殴り飛ばしてしまった。しかし最悪死亡、辛うじて病院送りという威力のそれを食らってもなお、ズシは自らの力で起き上がってみせたのだという。
「あれは意志の強さでどうこうなるレベルを超えてるよ」
ウイングの説明で定着しかけていた念への認識が、の中で音を立てて崩れ去っていく。あれだけの力だ、やはり一筋縄ではいかないらしい。闇夜に浮かぶ光の塔を見上げながら、最上階を目指すと決めた時よりも遥かに強い求知心が首をもたげ始めていた。

高まる念への興味。