No.1 : Discovery


 一人の少女が老舗の焼肉屋へまるでしのびこむかのように入っていたのは、ついさきほどのことだった。昼時ということもあり店内は客で溢れかえっていたが、少女は待ち行列をすり抜け厨房へと足を進める。
「ステーキ定食を三人前、弱火でじっくりお願いします」
「あいよ、じゃあ奥の部屋へどうぞ」
狙い通りの返事に少女は口の端を上げた。四十分待ちを言い渡された客の行列は、彼女が奥の部屋に消えるまでそのうしろ姿を羨ましそうに見つめていた。

 部屋の中は、テーブルと鉄板と椅子以外何もなく、かなり殺風景な内装をしていた。席に着き、置いてあった肉を鉄板に載せると、脂の弾ける音が彼女の食欲を刺激した。次第に香ばしい匂いも漂ってくる。ハンター試験よりもこちらのほうがメインのような気がしてきただった。

 ハンター試験とは、一年に一度行われる、名前のとおりまさにハンターになるための試験だ。ハンターと一口に言っても、世界中の財宝や珍味や遺跡などを手に入れたり保護したり、はたまた依頼主を護衛したりと仕事内容は様々だ。そのどれにも危険がつきまとい、死亡者も少なくはないため、試験は相当の難易度となる。しかしどれだけリスクがあろうとも毎年の受験者は後を絶たず、むしろ挑戦者は年々増加しているらしい。
 志望理由は様々で、遺跡の保護に命を懸けて専念したいという崇高なものから、ハンターの特権を利用して一生を遊んで暮らしたいという実に人間らしいものまで十人十色。
 そして目を潤ませながら水を一気飲みしているこの少女、の志望動機はというと、どちらかといえばくだらない方のそれだった。美食ハンターになっておなかいっぱい美味しいものをたべたい。まるでお遊びのような理由だが、彼女は本気だ。

 はゼエゼエと肩で息をしながら、背もたれに体を預けた。突然部屋が動き始めたことに驚き、肉を喉に詰まらせたのだ。
 呼吸がととのい始めるとは再び食事を再開し、エレベーター式の部屋がチンと音をたてたときには、鉄板の上には一枚の肉も残っていなかった。三人前の焼肉は、の腹の中に無事納まったのだ。
 ドアが開くと、視界は一気に、体格のいい男たちで埋め尽くされた。もしそういう趣味のある者ならば歓声を上げそうだが、あいにくの趣向はいたって普通だ。のぼせてしまいそうなほどの熱気と不快な汗のにおいで頭痛さえ感じた。
「どうぞ、400番のプレートです」
「プレート?」
部屋から出たとたんに渡された、数字の書かれた丸いプラスチックを、はまじまじと眺めた。目の前にいる豆のような形の顔をした男が言ったとおり、プレートには400と書かれている。おそらく、自分がここにたどり着いた順番を示しているのだろう。
「裏にピンがついています。ここにつけてください」
男はそう言って自分の左胸部分を人差し指でトントンとたたいた。
「あ、はい……」
「いえ私の服にではなく、あなたのものにつけてください」
言われて、は男の服に伸ばしていたプレートをサッと引っこめた。匂いや熱気で頭がおかしくなってしまったのだろうか、それとも普段から抜けているのだろうか、赤の他人のはずなのに、男はが急に心配になった。

 係員らしき男と別れ、はあらためて周りを見回した。天井は高く、飾り気のない無機質な通路がはるか向こうのほうまで続いている。
「珍しいな、あんたみたいなべっぴんがこんなところに来るなんて」
冷やかし混じりの声が聞こえた。四角い鼻をした中年の男が、ニヤニヤと笑いながらこちらへ近づいてくるところだった。
「そう警戒しないでくれよ。オレはトンパ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ、オレは何年もこの試験を受けてるから」
「ふうん?」
「そういえば名前はなんていうんだい?」
よくしゃべる人だなあとは感心してしまった。そのままの流れで名前を教えると、トンパは満足げに口の端を上げた。
「それじゃあお近づきのしるしにこれをやるよ」
そんな言葉とともに差し出された缶ジュースをは断りきることができなかった。

 礼を言って彼を見送ると、は手の中の缶をじっと見つめた。ひんやりと汗をかいたそれは、むせ返る熱気の中にいるには何とも魅力的だった。濃い味の食事をしたばかりということも相まって、先ほどから喉が渇いてたまらない。
 試しにプルタブを開けてみたが、よくある果実飲料の甘い匂いがするだけでこれといって怪しい点はない。今度は一口、いや一舐めだけ――心でそう言い訳をしながら口を付けようとは缶をぐいっと持ち上げた。
「はいストップ」
弾かれた缶が宙を舞い、中身をまき散らしながら地面に落ちて転がった。地面に広がる水溜りをしばらく呆然と見つめていたは、ハッとして顔を上げた。トレードマークの四角鼻を掴まれたトンパが、銀髪の少年に引っ張られていた。

連載の序章のような感じです。全ての文を書き直しました。