No.94 : Reunion


 しばらく進むと、期間限定の露店群からいつもの商店街へとたどり着いた。最初に見つけた携帯ショップに立ち寄ったとたん、そこかしこに貼り付けられた賑やかな広告が一気に視界を埋め尽くす。
「いらっしゃい。これいいよ、今一番の売れ筋!」
糸目で小太りの店主が吸い寄せられるようにやってきたかと思うと、三人の目の前にカード状の機器を掲げた。厚みはわずか五ミリほど。そして手のひらより小さいにもかかわらず、これで電話としての役目をきちんと果たすらしい。
 なんの知識もないわりに購入意思だけやたらはっきりしている三人は、彼の格好の餌食である。途切れることなく紡がれる宣伝文句に圧倒されっぱなしだったが、所在地モードがついて待ち合わせに便利、という店主の言葉を遮るように、背後から静止がかかる。
「それはやめとけ」
――懐かしい声だった。

 振り向くのも声を上げるのも三人同時だった。
「レオリオ!」
皆の声に右手を上げて応えると、レオリオはつかつかと店主に歩み寄った。
「使えねー国があるし、防水でもねーし、完全に電話だけかける人用だ」
レオリオの言葉に、あと一歩で購入に踏みきるところだったゴンたちの気持ちがさあっと引いていく。そして、褒め言葉だけ上げ連ねてデメリットの説明を一切省いた店主に冷たい視線が注がれた。
「……それよりオレのオススメはこれだな」
レオリオが手にしたのは、カブトムシの形をした重厚なデザインの携帯電話だった。ビートル07型と呼ばれる機種で、重さと値段に目を瞑れば機能は折り紙付きなのだとレオリオは言った。
「なぁゴン、これにしよーぜ。オレも買うし!」
今にも財布を取り出しそうなキルアに押されて、ゴンもその機種を手に取った。なるほど思ったよりずっしりしているが、丸い形状のおかげかすんなりと手に馴染む。
「うん。オレもそうする!」
そう言ってゴンは頷いた。相変わらず乗せられるがままではあるが、今度は推薦者がレオリオということもあり、裏を読む必要はないのだ。

 レオリオは二人から視線を外すと、今度は陳列台に並べられた商品の中から女性が好みそうな機種は、と物色を始めた。
「――にはそうだな、これなんかいいかもな」
そう言って差し出されたのは、無骨だったカブトムシから一変、シンプルで比較的薄型な長方形。最推しには劣るものの、その辺の機種に比べれば遥かに高性能で、ハンターとしての業務には十分通用するレベルなのだとレオリオは続ける。
「んー」
は腕組みをして唸ったかと思うと、困ったように眉根を寄せた。
「見繕ってくれてありがとう。でも、こっちにするよ」
彼女が掴みあげたのは、まるで手に収まりきっていない大きなカブトムシだった。
「……いいと思うぜ」
予想外の展開に驚きはしたものの、一番のおすすめが選ばれたことでレオリオはなんだか気分が良かった。なのでが「カブトムシ好きなんだよね」と楽しそうに言った直後、ぺろりと見せた舌は気にしないことにする。

 さて、商品は決まった。あとは精算である。
「おっちゃん、コレ三本たのむぜ」
レオリオが慣れた様子で声をかけると、よく食べる猫のような様形をした店主が手際よく在庫を取り出して陳列台に置いた。
「三本で六十万になりますぜ」
その言葉には目を丸くする。一本二十万。携帯電話の相場はもちろん、ビートル07型がどれほどすごいのかいまいち把握しきれていないせいもあるが、皆が当たり前のように持っている小さな機器にこれほどの金がかかるのかとたまげてしまった。

 呆然としているの目の前で、レオリオが苦笑いを浮かべながら口を開く。
「そりゃたっけーよおっちゃん」
自分の感覚がそれほど異端なわけでもないとわかり、は小さく息を吐いた。レオリオは少し考える様を見せると、次の瞬間パッと顔を上げた。
「一本八万で!」
今度は店主の目が点になる。しょっぱなから半額以下の金額を提示するという強気な交渉に、さすがの三人も仰天した。
 しかし、そこで匙を投げる店主ではない。店側に利益を出す気はあるのか、と思わせるレオリオの提案へ果敢に立ち向かっていく。ヒートアップした二人が十の位で押し問答している様を、ゴンたちはまるで部外者のような心持ちで見守っていた。

▼ ▼ ▼

 三人は手に入れたばかりのまっさらな箱を抱え、レオリオが宿泊する予定だというホテルへと向かう。諸々の利便性も考慮し、三人も同じ場所で寝泊まりすることに決めたのだ。
「――新機種だし、あのテの店にしちゃ負けてくれた方だな」
そう言うとレオリオは先ほどの熱戦を思い出し、満足げに口の端を上げた。いつの間にか店の周囲をぐるりと取り囲んでいた野次馬たちの歓声が、今でも頭の中に響いている。
「てかな、やりすぎ。携帯買っただけで拍手されたヤツ初めて見たぜ」
頭の後ろで手を組みながら、呆れたようにキルアが言った。自分たちもまとめてヒーロー扱いを受けたのがよほど恥ずかしかったらしい。
「それにあのおじちゃん半泣きだったね」
そう言うの顔はどこか緩んでいる。とんでもない怪物へ勝負を挑んでしまった店主にほんの少し同情するものの、お得に買い物ができた喜びはやはり隠しきれない。

 複雑な表情の二人とは違い、ゴンはあっけらかんと微笑んだ。
「でもありがとうレオリオ。おかげで助かったよ」
素直に謝意を述べられ、レオリオが得意げに胸を張る。
「言っとくがオレの本気はあんなもんじゃねぇ。相手がもう帰ってくれって言い出してからがホントの商談だぜ?」
正直、今回の件ですでにちょっぴり引き気味である。あれ以上に激しい応酬がこの世にまだ存在するのか、といよいよ三人は絶句したのだった。

金の亡者。